新しくなったton2net



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失われたものは、どうしたら取り返せますか?

最近、職場の後輩と話をしていたら、こんな話をされた。
自分は、過去に「あるもの」を失ってしまい、
今でもそれを引きずって生きていると感じることがある。

何かで埋め合わせができないかと思い日々を生きているが、
何をどうすればいいかわからないまま今日に至っている。

先輩は何かそういう経験があるだろうか。
あるとすれば、それをどうやって埋め合わせているだろうか。

自分は、そういう「何か」を抱え込んで生きているということは
表には出さないようにしているのだが、
ふとした瞬間に頭がおかしくなってしまいそうに
打ちひしがれてしまいそうになるのだ、と。

ここでは、その後輩が何を失ったかは詳しくは書かない。
代わりに、そのときに、乏しい経験の中から思いついて話したことを、
順序を整えて補足しながら、ここに書いてみたいと思う。

なぜ、わざわざ人目に触れるような場所に、
こんなことを書いてみたいと思ったのかはわからない。

でも、書かずにいられなかったということは、
何かしら自分にとっても必要なことが含まれているのかもしれない。
ほとんど自分に向けて書いたようなブログになりそうだが、
もしご興味がおありのようなら、読んでみて頂きたいと思う。

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失われた心の隙間をどうしたら埋められるか…。
すごく難しい問題で、簡単には答えられないけれども、
今直感で答えるとすると、失われてしまった多くのものは、
「それそのもの」が帰ってくることは「ない」ように思う。

たとえ形として「それそのもの」だと感じるものが帰ってきたとしても、
それはもはや、私たちにとってまったく別のものになってしまっているかもしれない。

だから、何かを失って心の一部分に穴が空いたとしたら、
それを埋める(直接的に)ことは、「できない」のではという気がする。

しかし、その失われ、それが置かれるはずであった場所に
ぽっかりと空いた穴そのものを、自分自身がどう受け止めるか、
という選択が、
その人の生き方を決めるのではないか、とも思う。

村上春樹の作品の登場人物が、どこかでこんな意味のことを言っていた。
「他の人にあるものが欠けていることと、
他の人にないものを持っていること。
この二つの間に本質的な違いは無く、ほとんど似たようなものである。」

つまり、もしかしたら、
その失われた部分こそが自分という人間を作っているし、
自分が誇れることなのかもしれない。
アイデンティティ。
自分が自分であると証明できる何か。

おそらくはそのぽっかり空いた穴と
(そして、その穴がもたらす、なんらかの感情と)
ともに生きていくという方法があるのではないか。

探すべきは、埋めるための方法ではなく、ともに生きるための方法
(『もののけ姫』のアシタカがそうしたように)なのかもしれない。

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今、出張中で、蒲田のスポーツ・パブ的なところで、
後輩との会話を思い出しながら書いている。
耳には、大音量でマンチェスター戦の実況が入ってきている。


たくさんの人が、楽しそうにお酒を片手に語らっている。


様々な人が、様々な失ったものと一緒に生きているのだ。
自分だけではない。

けれども、その失ったものがあける穴の”輪郭”は、
僕だけのもので、
他の誰のとも違うのだ。
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by ton2_net | 2015-04-12 23:27 | Trackback | Comments(0)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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