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自分が良いと思う事をやれって。

何かを決めなきゃ行けない時に、思い出す場面。


そこまで飛べたら、じいちゃんは治る。…
わたしは息を大きく吸い込んで、助走に入った。

父さんと母さんは、県大会には、いつもの馴れた靴でいいと言った。
でも私は、もっと軽い靴が欲しかった。
そしたらじいちゃんがないしょで靴を買ってくれた。
自分がいいと思うことをやれって。
それが一番のおまじないだって。

わたしはとんだ。
軽々と空へ。

「じいちゃん、わたし決めたの。陸上部、入ってみるよ。」
みんながいなくなった病室で、わたしはじいちゃんにむかってつぶやいた。
なんにもしないじいちゃんだから、仕事もたくさんはしなかった。
老人会にも入らなかった。
戦争へ行っても、戦わなかった。
そして今度は、自分が死ぬこともしなかった。

でもじいちゃんは、わたしに靴を買ってくれた。
じいちゃんのしないこと、じいちゃんのすること。
わたしには、分かったような気がする。
わたしも今度は、自分で決めるよ。


「そこまでとべたら」/安東みきえ
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by ton2_net | 2011-10-31 03:36 | Trackback | Comments(0)

ご迷惑をおかけしました…

twitter上で来たメッセージのURLにアクセスしてしまった上、
そこにアカウント名とパスワードを入れてしまうと言う…。
なんたる不注意…。

その結果、自分が開いたのと同じメッセージが自分のフォロワーさんに
勝手に送られてしまうと言う事態が発生してしまった。
http://twitterspam.info/35

メッセージを送ってしまった方、ご迷惑をおかけしました。
ご意見、アドバイス送って下さった方、ありがとうございました。
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by ton2_net | 2011-10-25 23:33 | Trackback | Comments(0)

ほんの少しでも、伝わったら

自分の思いを完璧に他人に伝えることはできないんだと、
何年か前にふと気づいた瞬間があった。
それは、有る意味当たり前のことだけど、
元々心の中に浮いていたその感じが、
ふっと有る瞬間ぴったり自分の中で馴染んだように感じた。
多分、大学4年生頃だったと思う。

あぁ、そうだよな、と思った。
けれどもそれは「どうせ」と言う感じではなくて、
「そこから始めるしかないんだよな」という
地に足がつくというか、ほとんど前向きな感覚だった。

人の思いを完璧に形にすることはできない。
だからこそ、思いをいかに良い近似として表現できるかという命題が生まれる。


「伝えたいこと」があるから「伝えたいという思い」がわくのかもしれない。
けど、「何かを伝えたいという思い」があるから「伝えたいこと」が見つかるという一面もある。

「伝えたい」という気持ちを持つことは、仕事であれなんであれとても大切だ。
そして、そのための表現は、完璧を目指さなくてもいいんだ。

伝わらない。
自分の表現を見てもらうことすらできないかもしれない。

そこからスタートできれば、
「じゃあ、どうやったら伝わるだろう」
「そもそもどうやったら興味を持って振り向いてもらえるのだろう」
という思考をすることは、
苦しくも、楽しいものになる。

普通は伝わるんだ、だから伝わるものを作らなきゃ、というスタートは、
その時点でスタートがマイナスになっていて、辛い。

そうだ、いつでも、スタートは0なんだ。

0から初めて、そして本当に少しでも、
何か一つでも伝わった時の喜びは、なにものにも代え難い。


私たちをとりまく世界は、そして私たちの心の中は、
普段私たちが思うよりも、遥かに大きくて、深いと私は思う。

とうていそのすべてに光を当てる事はできないけれど、
やらなければ0なんだ。
それを、1でも2でもすくいあげて、
あわよくば、他の人に受け止めてもらえることができたら、
それは、なんて素敵なことなんだろうと、
そういう感覚をすごく久しぶりに思い出したので、
書き留めておこうと思いました。
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by ton2_net | 2011-10-22 11:08 | "言葉” | Trackback | Comments(0)

自分の言葉で、自分の考えを

自分の言葉で、自分の考えを、人に伝わるように書く。
表現方法としては、どんなに拙くても、思いのある文章には暖かみが有る。
触れた後に、人の心に残る何かが有る。

技巧に優れていようが、体裁が整っていようが、
表現の本質は相手の心に届くかどうかだと、私は思う。
頭に届くことも大切だけれど、世界は本当に広いから、「そこ」でたくさんのことを伝えきるのはあまりにも難しい。

表現は、それを発する人から見た、「世界の窓」だから、
外の景色も持っと見てみたいと思ってもらえること。
もっと言えば、あっ、こんなことしてる場合じゃなかった、と本やPCやテレビの電源を消して、
自分が知りたい、見たい、成りたい自分に向かって行動を起こす原動力につながることが、
一番大切なんじゃないかと思う。


こちらに来てから、教員を引退されて、故郷で塾を運営されている方と知り合った。
私財を投じて地元の子どもの教育に取り組んでいる、とても情熱的な方だ。

ある日、この方の思う教育とはなんだろうということを尋ねてみた事が有る。
良い指導者はね、とその方は言った。
良い指導者の元で学んだ生徒は伸びる。
けれども、それは知識を詰め込むということではない。
本当の教育とは、「子どもの心の灯をともす」ことだと、
その方はおっしゃっていた。

何かを表現するということは、とりもなおさず「教育」につながっていると私は思う。
それは、何かを上から押し付けるということではない。
「すごい」と思ってもいいし、「最悪」と感じても良い。
なにか心の動きが、次の行動の原動力になるような、そんな力が表現には有る。

カルロス・ゴーンは、
「批判されると言う事は、何かをやっていると言う事だ」
と言った。
自分の言葉で、本当に自分の考えを言う事ができたら、
賛成してくれる人の他に、当然「そんなわけあるか」という人もいる。
それは絶対にそうだ。
それを怖がっちゃいけないんだと思う。
批判の無い表現、は限りなく何も言っていないことに近いのかもしれない。


もっと「自由に」表現したいと、強く思う。
色々なプレッシャーや、自分で作った囲いにとらわれて、
冷たい表現をしていると、この6月から感じる。
もっと自由に、柔らかい、温かい表現がしたい。
いつになったらそれができるのかはわからないが、
そこへたどり着きたいという思いだけは消えない。
大変だけど。


最近、退勤時間になったら一旦会社を出て、走って、
また会社へ行く生活がつづいている。
会社で氷嚢を使って足を冷やしたりしている時、
i研究室となんらかわんないなと、ふと思ったりする。
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by ton2_net | 2011-10-20 01:32 | "言葉” | Trackback | Comments(0)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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