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震災から一ヶ月を前に考えたこと

今回の一連の震災報道を見ていて、
「自分の持ち場を意識して、そこで力を尽くす」
ということの大切さを思った。
「今」、「少し先の将来」をより良くしようと、この瞬間も闘っている人がいる。
同時に、「震災からこれまで」を見つめる事で、
「すこし長期的な未来」を見つめる人もまた、必要だと思う。


被災者の救助、避難所への物資の供給、原発の対応。
これらは多くの人の命や生活に関わる、とても大切なことだ。

震災後、多くの人がこれらの活動に寄与できないかと考えた。
とても大切で、敬うべき気持ちだと思う。

しかし、被災地から離れた所に住む人にできることには限界があるし、
逆に被災地の負担に成ってしまうから、と
性急に動く事に対して慎重にならざるを得ない状況があった。

多くの人が悩み、自分の無力感に苛まれた。
私も、その一人だ。
震災に対してコメントを発する事すら、できなかった。
何を言っても、上っ面だけのように感じられた。
実際、そうなのだと思う。
なぜなら、私の家は流されていない。そして家族も、親しい友人も。


震災から明日で一ヶ月になる今日、研修中に読むことができなかった
一週間分の新聞を読みながら、思ったことがある。

それは、「今」できることをやると同時に、
「これから」に目を向けることの意味だ。

そのことに思い至ったきっかけは、
「どうして原発事故は起こったのか」
「地震発生のメカニズム」
というような、これまでの「経緯」を説明する記事を読んだ時に生じる、
小さな違和感だった。
その違和感の意味は、少し考えるだけで理解することができた。
「被災地の方は、こんな情報を求めているのか?」
ということだった。

こんな話が有る。
ある時、釈迦の弟子が彼に聞いた。
「先生、人は死んだらどうなるのでしょうか」
すると、釈迦は答えた。
「毒矢が飛んで来て、君の目の前の人に当たったら、君はどうする?
 毒矢が飛んで来た方向へ駈けて行って、矢を放った者を探すだろうか。
 それよりも、毒矢の当たった人の苦しみを軽くするという
 目の前にある問題を解決する努力をする方が大切なのではないか。」

これは、本当に大切なことは、あえて形にして表現しない、という
「無記」に関するエピソードだと記憶している。
したがって、今回の話とは少し違うけれど、私がまっ先に思い浮かべたのはこの話だった。

では、「経緯」報道は、何のためになされるのだろうか。
目の前の人を見捨てて、矢を放った人を捜す愚かな行為なのだろうか。
違う、と私は思う。

基本的に災害報道は、「これから」のためにあると私は考えている。
悲惨な現状を伝えることが、それを改善するためのものだとすれば、
これまでの「経緯」を伝えるのも、これからの対応で同じ轍を踏まなず、
よりよい対応をしていくためだと考えられる。

そして、何より、今起こっている事を知る事で、「長期的なこれから」に備える事だと思う。
神戸や新潟の経験が、今回のことに活かされているように。


こう書いたけれども、もし、自分が被災していたら、この論理に腹を立てると思う。

大切なのは、「今」なのだ、と。
余震が続き、人のひしめく物資の乏しい避難所で不安な夜を過ごし、放射線の脅威にさらされている「今」を改善することが重要なのであって、「これから」なんて考える余裕があるのは、お前は安全な所にいるからだ、と思う。
きっと思う。

この考え方は正しい。
私は今東京のサンマルクカフェで、この文章を書いている。
お金を出せば、食料も、水も買える。
今から安全なホテルに帰って眠るだろう。

けれども、だからこそできることがあると思いたい。
「今」、「ほんの先の未来」に寄与「できない」ために生まれた余裕が可能にする事がある。
それは、「少し先のこれから」を考えること、
そのために準備をする事だと思う。

被災地から離れた地域では一時の混乱やセンセーションから
大分回復したように見える。
「私たちに今できることは、なるべく普段通りの生活を送る事」
という言に従って、そのような毎日を取り戻しつつある、と思う。

けれども、「普段通り」になってしまったらいけないと私は思う。
というか、そんなことはこの未曾有の自体の前にほとんど不可能だと思う。

今、この瞬間にも、現場で必死に闘っている人たちがいる。
苦しみや悲しみに耐えている人がいる。
その様や、様々な対応とその結果をしっかりと見る事が、
今の私たちに「できること」ではないかと思う。

学校がはじまり、新しく社会人になった人は、
めいめい、また忙しい毎日が繰り返されることになる。
自分の身の回りの些細な事に驚き、喜び、不安になり、悩むと思う。
それは、とても大切な事だ。
一生懸命、毎日を生きたいと思う。

しかし、同時に、私と同じく、今の被災地の方に直接大きな貢献ができない人に提案したい。
募金などの「今」のためにできる小さなことをやると同時に、
「これから」、私たちが現場に立つ「いつか」に目を向けませんか、と。

新聞を読むのも良い。テレビを見るのもいい。ネットで情報を集めるのもいい。
周りに被災した人がいれば、その人に話を聞くものいい。

また、情報や、その伝え方を見て、批判をするのも良いと思う。
ただ、大切なのはそのための理由は「これから」にあるということ。
単なるバッシングは「今」にだけ存在するが、「こうするべきだ」、
「わたしならこうする」は「今」のもう少し先につながることができる。

そして集めた情報をもとに、どんな拙い事でもいい、
何か自分で考える事、そして自分の提案について様々な情報と
照らし合わせて検証するということが、大切なのではないかと思う。


私は、この文章を書きながら、とても申し訳ないと思う。
偉そうなことを言っておきながら、自分に何が出来ているのかと思う。
しかし、今からホテルに帰る道すがら、この気持ちをすこしまとめて、
そっと心の片隅においておこうと思う。

そして明日目が覚めたら、また昨日と同じように
みんなと笑い合いながら、真剣に研修に取り組もう。


「何もできない」ということは、とても辛い。
その辛さにじっと耐えることもまた、今の我々に求められることなのではないだろうか。
その辛さから逃れて、今起こっている事から目を逸らしてはいけない。


普段私たちの住む世界では、時間は一方向に流れる。
六年間学んだ物理が教えてくれた。

すべての「今」は、「これから」につながっている。
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by ton2_net | 2011-04-10 21:40 | Trackback | Comments(2)

鈴木おさむさんのお話を聞く

こんにちは。研修が始まって、新宿に泊まってます。
まさか自分の人生の中で、新宿に住む期間が有るとは想像もしなかったですね。

それにしても、環境が変わっても、面白い人に事欠かない、ということは、
数少ない僕の自慢できる所だと思う。
今日もはっしーの「佐賀トーク」で爆笑@タリーズし、
27班+いぬいさん、まぎーと楽しい夕食@本日2度目のサイゼリヤであった。
(そして、今日は3回も皿が割れる所を目撃した。)

1日は、俗にいう入社式だった。
偉い方のお話を聞く。
朝からずっと座りっぱなしでありがたいお話を聞いた結果、
…疲れた。

最後に、放送作家の鈴木おさむさんがお話下さる。
このお話に、とても感動する。

まず、鈴木さんの話し方がとてもうまい。
ほんとうにやられたと思った。
話の構成とか、選び方とかもそうなんだけれど、
それより何より、「軽い語り口」と「深い内容」である。
このブログでも何度か述べて来たけれども、
「一見相反する二つの性質」を持っている人や組織は強い。

鈴木さんのお話の中でも特に心打たれたのが、
あるお昼の有名バラエティ番組のディレクターさんのお話。

鈴木さんは、そのディクレターの方にある日聞かれる。

妻が余命一年と宣告された。
仕事を続けるべきか、妻の側に付き添ってあげるべきか、迷っている。
お前は、どうすれば良いと思う?

当時は若かったから、と前置きして鈴木さんはその時の答えを話してくださった

何行ってるんですか、この仕事は、あなたにしかできないんだから、
続けなくちゃダメですよ、
ということだった。

そのディクレターさんは、そうか、考えてみるよ、と言って、その場を去り、
一週間の後、「仕事を続ける」と発表した。

今仕事をやめたら、余命のことを告げいていない妻にそれを
悟らせる事になる。
今の自分にできることは、面白い番組を作って、できるかぎり
彼女を笑わせることなんだ、と。


そしてある日、鈴木さんはそのディレクターさんに病院に呼ばれる。
はずせないミーティングがある日だったが、
「少し妻の具合が悪くてね」
ということだった。

鈴木さんと、そのディクレターさんは、病院の談話室でネタの打ち合わせをした。
一時間、ディレクターさんは鈴木さんの話を聞きながら、ゲラゲラ笑って、
そしてOKを出した。

帰り際、彼は鈴木さんに、妻に会って行ってくれないかと言った。
病室のドアを開けた鈴木さんは驚いた。
奥さんのベッドの周りにはお医者さんや看護士さんがたむろしていて、
まさにいつその時が来てもおかしくないことを予感させる状態だったからだ。


鈴木さんは、その時、ディクレターさんにとって、
「仕事を続ける」という決断がいかに辛い物だったのかを悟ったという。
それは、死に行く妻が寝ている部屋の隣で、
一時間ゲラゲラ笑いながら、真剣に人を笑わせるために打ち合わせをする、
ということなのだ。

そのバラエティー番組の司会を努める、ある司会者さんは、
奥さんが亡くなると、誰よりも先に病室に来て、
そのディレクターさんを抱きしめた。
そして、一言、
「頼みます。バラエティーを、これからも続けて下さい。」


鈴木さんが伝えようとした事は2種類有る、と僕は思う。
この仕事のやりがい、「自分にしかできないこと」をやることの大切さと魅力だ。
そして、もう一つ、「自分にしかできないこと」があるということは、
「逃げられない」ということだということだ。

その覚悟が試される場面が、きっと仕事をしていればいつかは来るのだと思う。

若造が何を言うか、と言われる方が有るかもしれない。
そして、それはきっと正しい。
けれども、これまでの短い人生の中で少しずつ思って来たのは、
「すべては選べない」ということだ。
すべては選べない。
例えば、このブログにしても、4月に入ってからの事をすべて書く事は出来ない。
きっと、僕と全く行動を同じくする人がいたとしても、
書く人によって「何を選んで書くか」は違って来ると思う。

その限られた「選んだもの」がその人を作る。
それはとても素晴らしいものだと思う反面、
どうしようもなく残酷なことのようにも思える。


修士論文提出間際の夜に、おばあちゃんから電話がかかってきた。
コートを着て、外でおばあちゃんと話した。
おばあちゃんは言った。
「私のおばあさんはいつも言ってたよ。
 ”死に病と金稼ぎ”ってな。
 お金を稼ぐって言う事は、本当に大変なことやからな。」


鈴木さんのお話を聞いて、この言葉を思い出した。
背筋が伸びる気がしたし、何より、この人たちのような気持ちで
真剣に仕事に向かい合いたいと思った。


明日から、研修二日目です。
とりあえず、ちゃんと起きないと。
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by ton2_net | 2011-04-03 22:00 | 非公開 | Trackback | Comments(0)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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