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スープとself-consistent

self-consistentという用語があります。
日本語では、「自己無撞着」とかいいます。
訳が分かりませんね.

つまりこれは、
スープみたいなものだと思っていいと思います。(ダメです。)
ほうれん草と、人参と、ベーコンとエリンギを鍋でことことと煮てみてください。
(つまり、これが昨日の晩ご飯でした。)
美味しいものは、味付けしなくても煮るだけで美味しいですね。
ベーコンにちょっと味付いてるし。
で、煮ると、スープに具材の美味しさがとろけだして来るんです。
ほうれん草とか、人参とか、ベーコンとかエリンギとかの旨味がね。

で、その旨味がとけ込んだスープが、また具にしみ込んで、美味しくなるんですよ。

つまり、具材からしたら、
「みんなが作ってくれた美味しいスープが自分自身にしみ込んでゆく〜。
 どんどん美味しくなってゆく〜」
という感じだと思うんです。(違います。)

でも、よくよく考えると、そのスープが美味しいのには、自分自身も関与している訳です。
「自分自身を含む集団が作ったものに、自分自身が影響される」というのが、
用語としてのself-consistentの意味なわけですね。


これが、僕が2010年にスープを作って学んだことだったのでありました。

つまり、こういうことなんですよ。
ある人の集まりが有って、その集まりに顔を出していて、
その集まりとか、集まりを構成する人たちが好きだとするじゃないですか。
ここはなんて居心地の良い場所なんだろうと思う。
入って良かった、と思う。

でも、次の瞬間、果たして自分はこの組織に”貢献”できているんだろうか、
と思ったりして、不安になる。
自分は周りのひとから、とても大きなものをもらっているのに、恩返しはできているんだろうか。

こういう風に思える人は、とても幸せだけど、場合によっては少し辛い時もあるかもしれません。
でも、一方で、実は、スープと同じでself-consistentなんだと思います。
どこに行っても、結構世の中self-consistentなんですね。
難しいんです。自己無撞着型は。

なんか場があって、そこに放り込まれたその人の動きを見るだけならまだしも、
その元からの場に、放り込まれた人自信が関与して、
その場から、集合に含まれる人全員が影響を受けるんです。
そして、影響を受けた人全員が、また場に影響を与えるんですから。
考えただけで難しいけど、そういう世の中で、毎日何気なく生きてる我々は、
ひょっとしたら中々エラいのではないかという気もしてきます。


さて、野菜を煮るとですね、なんか予想外に美味しくなるときがあります。
味付けしなくても、優しい美味しさがあるんですね。
なんか、意図しない味がする時が有ると思います。
それは…こういう味付けをしたい、とか思って付けた味とはまた別な、もうちょっと曖昧な美味しさです。
そういうものに…多分救われてる人もたくさんいるんじゃないかな。
しっかりした味も、もちろんいいんだけど、そういう、ふんわりした優しい味みたいなね。


基本的に、うまく言えないです。
基本的に、そんなに頻繁に料理しないし。
気が向いた時にやるだけ。
しかも、料理っていうか、野菜の皮剥くのとかが結構好きで、
もしかしたら家庭科っていうよりは技術科に近い感じの要素がすきなのかも。




そういうわけで、分け分かんない感じですが、夜無駄に起きてたので眠いんです。
勘弁してください。

基本的に、自分自身は(ある意味)薄味だと思います。
でもなんか、たまにこういう味にしてみようとか意気込んだりね。
まぁ、それはそれで…。

とりあえず、残り学生時間も少なくなって来たし、色んなことに対する感想は周りの人におまかせしようかな、
という気になってきました。
そういうのを、予想しても、基本的に、わかんないもんだなと思うからです。
しかし、これは、「周りの人の気持ちを考えない」とは違います。



今年は、良い年だったか、悪い年だったか?
毎年考えるけど、結局よくわかんないです。
良いこともたくさんあったし、悪いことも沢山有ったし。
思い出しただけで笑えることも有れば、泣きたくなることもあったし。
でも、なんとなく、去年の今日の自分よりは、多くのことを知ることができたような気がする。
良いのか悪いのか分かんないけど。

そういう風に思えるのも、周りのみんなのおかげだと思います。
すごいしらじらしい感じだけど、結構本気でそんなことを思ってます。
self-consistent説を唱えておきながらなんだけど、
自分が周りの人になんかできたかなぁと思うと、
あんまり自信はないけど…。笑

そういうわけで、今年一年も、どうもありがとうございました。
来年も、どうぞよろしくお願いします。

自分も、みんなも、self-consistentに少しずつ、幸せになって行けたら良いですよね。
来年も良い年になりますように。
良いお年を。
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by ton2_net | 2010-12-30 11:27 | Trackback | Comments(2)

ロバート・キャンベルさんのお話を伺う

先日、内定先の催し物として、東京大学大学院教授の
ロバート・キャンベルさんのお話を伺う機会がありました。
別の所に書いたものだけど、ここにも載せておきます。
ご興味ある方、どうぞ。



開演までに時間があったので、前回同様売店へ。
I君にドーナツ(だっけ?)をご馳走になったりしつつ、帰って来たらもう良い時間になっていた。
局の方の紹介があって、ロバートさんが登壇される。
まず、ロバートさんが、紹介してもらった方に対して(もちろん日本人)
「日本語、うまいですね」
とおっしゃって笑いをとっていた。

白州次郎がアメリカ人に「君は英語がうまいね」と言われて、
「君も、もう少し練習すれば僕みたいに話せるようになるよ」
と言い返したという話を思い出して、やっぱりハーバードは違いますな!と勝手に一人で思っていた。

講演は、「KAGEROU」の話もふまえつつ(?)、江戸時代の飢饉のための心得書である「御代乃宝」(畑 銀鶏 はた・ぎんけい)と「豊年教種」(阿部 櫟齋 あべ・へきさい)の二書を例に挙げながら、江戸時代にジャーナリズムの一端を担っていた文学者についての話を軸に進められた。
後半では、ロバートさんの江戸古書に対する思い入れ、恩師に教えてもらった"古書研究の方法"についてもお話くださった。


取り上げられた、江戸の飢饉心得書には、非常食の蓄え方、飢饉への備えの呼びかけなどが記されている。こんなことも書いてある。

○ 飢えたる人に粥を施すにハ尤も恭しく謹みて与える。必々(かならず)、不遜(ぞんざい)にして人を恥ずかしむべからず。その人の窮するも全く天事の変によりて然らしむるなり。礼記にも「嗟(ああ)来たり、食らへ、といひけれバ餓えたる人、われハ嗟来(ぶれい)の食をくらハず」とて死せし説を乗せたり。此(かくの)ごとくなれバ施すにも不遜(ぞんざい)にてハ陰徳にハならず、却って徳をそこなふ也。

非常事態であっても、他人のことを考えて行動せよと"徳"について言及している。「明日は我が身」なんだから、と書いてある。
この部分の紹介に、心打たれた。

なぜかというと、それはロバートさんの説明を聞いていて感じたことだけれど、この作者が「具体的な情報」と同時に、「本当に伝えたいこと」があったのではないかと感じたからだ。

それは、「大変なことは、みんなで乗り越えようよ」という気持ちだと、僕は思った。
基本的にこのような心得本は、今で言う”自費出版”にて民衆に配られたそうである(施印というらしい)。
自分が知っている役に立つことを、皆に知らせたい一心でやっている。

大変な時だからこそ、みんなで協力したいよね、という心意気を感じる。
少なくとも、私はそれを皆さんにやりますよ、と。
身銭を切って、実際に行動している人がいるということ自体が、危急に際した人への、メッセージになっているように感じた。


文章はレジュメで配って頂いたが、ロバートさんは実際に江戸時代に配られた心得本を会場に持って来ておられた。
江戸に出版された本は、実は古書店などで安く売られているものも沢山あるそうで(数百円のものも…!)、ロバートさんは、そういうものを、とりあえず購入して、部屋に平積みにしておく。

それが、ロバートさんの「研究スタイル」だと言うのである。

ロバートさんは先生に「まだ活字になっていないものを、仕事にしなさい」と言われた。
誰かがまとめてしまったものを読むのではなく、まだ世間の光が当たってない書物を、とにかく買って来て、平積みにしておく。
時間があるうちに少しずつ読み進めていくと、そういう何の関連性も無いように思われる事物のなかに、"つながり"が見えてくる。

その”つながり”が、誰もやっていない研究に結びつく。


そういう世間の光が未だあたっていない古書は、「時代の窓」だ。
そう、ロバートさんはおっしゃっていた。

普段は振り向きもしないような、古本屋の叩き売りのかごの中に入っている、ほこりにまみれた古書の中に、その時代を垣間見せる何かが有る時がある。
時代は違っても、困難を乗り越えるために人々が立ち上がったことを現代に生きる僕たちに知らせてくれる。

そういう仕事に魅力を感じるし、埋もれているそういう仕事に光を当てて行きたいのだと、ロバートさんはおっしゃりたかったのだと思う。



先日大学でチューターをやっている留学生に会った時に、ふと、「どうして留学先として日本を選んだのか」という質問をしたことが有った。
すると彼は、”日本書紀”を読んで日本に興味を持ちました、素晴らしい本ですよね、と答えた。

「まだ読んだことないな。周りでも、読んだことがある人は少ないんじゃないかな」と言うと、カザフスタンからやって来た青年は、そうですか、と少し残念そうな顔をした。
僕はこのことがあって、何だか、なるほどと思って、手始めに世阿弥の「風姿花伝」を買って読んだみた。
半分も分からなかったが、大先輩が残したくれたものに、これからも少しずつ触れて行きたいと言う気持ちが大きくなった。


ロバートさんの出身校であるハーバードの学生が、「学問は、恋愛をするのと同じように楽しい」とインタビューに答えていた。
ロバートさんも、生き生きとして、本当に楽しそうに日本文学について語っていた。
そういうロバートさんの姿が、江戸文学と同じく、「形式知」と同時に”学ぶことは楽しいよ”という「暗黙知」を伝えていたと思う。
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by ton2_net | 2010-12-28 03:39 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

春4神社

e0126903_10425574.jpg

と勝手に呼んでる神社がありまして、僕の筑波で好きな場所第二位くらいです。(1位は競技場かな?)

就活の時とか、気分転換の散歩も兼ねてよくお参りにいったものです。


24日の納会のあと、なんか寝たくなくなっちゃったので研究室行って徹夜。データ読み込ませながら色々考えた。朝、帰ってモツ煮食べて寝た。
昨日もうちでちょろっと飲んで、またなんとなく研究室行ったら10時になってた。結構はかどった。ていうかこれくらいのことは毎日やれよ、と。


しかしあまりに天気いいのでつい歩いて帰りたくもなりますわな。もう着いちゃった。

今日は最後のM-1ですね。
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by ton2_net | 2010-12-26 10:42 | Trackback | Comments(0)

【映画】ノルウェイの森を観て来た

昨日、ノルウェイの森を宮ピーと見て来た。
ビートルズの「ノルウェイの森」、いいですね。
内田 樹さんの、
でも、最後にジョン・レノンのあのしゃがれた声で『Norwegian wood』が流れると、そういう細かな瑕疵は全部どうでもよくなっちゃいました。

と言う言葉に、ひどく共感。


以下、”物語の核心に触れる記述”をします。(ネタバレということ。)
もう観た、観てないけど今後観る予定がない、観るけど読みたいというような方は、どうぞ。

”物語の核心に触れる記述”に進む
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by ton2_net | 2010-12-14 00:35 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

「41Alが、そっと教えてくれる」の巻

理研BigRIPSで実験中。
今、加速器Tuningでビームが止まっています。
金曜日に実験終わる可能性が濃厚になってきました。
応援、行けるかな?(車に乗れるかな?)

この実験は、色々やってるけど、
48Caを加速して、Beのターゲットに当てて、
48Caがぶっ壊れて色々な物を作る、という実験。
(目的はそこじゃないけど。)

どんな原子核ができているのかな、ということを確認していたら、
いつもお世話になっている阪大の先輩が、
「お。41Alもできてるじゃん」
と言った。
「珍しいんですか?」
「いや、41Alって、48Caから陽子だけ7個抜く核だからね。
 ほら、核図表で見ると、48Caの真下でしょ。
 へぇ、出来るんだ。」
と言う話をしてくれた。


どういうことかと言うと、赤玉(陽子)20個と白玉(中性子)28個をくっつけたものを
なんかにぶつけて、そうすると、赤玉や白玉が何個ずつかぼろぼろ取れて、
最初とは違う玉の塊になる。
(でも赤玉白玉はとてもしっかりくっついているので、全部バラバラにはなりにくい。)
そのときに、たまたま、赤玉だけ、7個とれてしまってあとはそのまま、
ということが起こるというのである。

これは、とても低い確率で起こることなのだけれど、
元の玉を、なにかにぶつける、という事象がたくさんあれば、
確率が低くても、それは起こるのである。


昨日からやっていたことが今日の朝にまとまったので、良い天気の中を散歩してみた。
ま、眩しすぎて、目が痛いっす…。

八百屋で、みかんを買った。
公園で小さな子どもが遊んでいた。

すごく、のどかな朝10時だった。


確率が低いのなら、できることはぶつかる回数を増やすことだけだ。
そして、それが十分であれば、きっとそれは、起こるのである。
41Alが、それをそっと教えてくれた。
e0126903_2051735.jpg

核図表 横軸は中性子(白玉)の数、縦軸は陽子(赤玉)の数
48Caの真下に、41Alがある。
"Chart of Nuclides"より

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by ton2_net | 2010-12-07 20:14 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

スペースバトルシップ

NASAの発表に関して、○山君のブログにもコメントしたのだけど、
毎日新聞記者の本村さんも同様のことを書いておられた

キャッチーな見出しで世間の関心を引いたNASAの作戦勝ちともいえるが、「宇宙人?」があまりのいきおいでひとり歩きしたために、この発見そのものの相対的な価値が低くなってしまったのが残念。
生物学上のトピックとしてはとても興味深いと思う。


科学広報は、色々なことに気を使わないといけないんだね。


17時くらいに理研につきました。
今、良い方の宿舎にいます。
(冷蔵庫、地デジ対応テレビ、流し、ガス台、お風呂、トイレ、共用洗濯機、ネット環境完備)

一週間、ここに滞在します。
駅伝見に行きたいが…

そして、同好会誌を、まだ出していない(というか買いてさえいない)。
今年こそ、いよいよもうダメだろうか…。
なんとか、印刷に間に合うように…。
ほんと毎年ごめんなさい。


そういえば、昨日練習に行ったら、M下がいた。
ゆーなを何かに誘っていたが、断られていた。
なんかあんの?と聞いたら、今からチャドさんと「やまと」見に行くという。
ふーん、と思ったけど、段々乗って来たので、
一緒につれてってもらうことにした。
競技場を離れる時には、
「じゃあ、イスカンダル、行ってくるよ!」
みたいなノリになっていた。

チャドをさらって、イーアスつくばへ。
先にチケット買って、久しぶりの大戸屋。
そして、カスミで飲み物買って、映画館へ行った。
…行こうとした。
そしたら、シャッターが閉まっていて、中から行けないことが判明した。
急いで、外から回り込もうとしたら、M下が
「すんません!!自分後で行くんで、先に(イスカンダルへ)行っててください!」
と行って、惑星・トイレへ駆け込んで行った。
すまん、M下、お前の犠牲は無駄にはしないぜ…。

無事、開演前に着席したM2二人は、予告から映画を楽しんでいた。
しかし、…M下がこない。
いつまでたってもこない。
まさか…

そして、ようやく来た。本編始まって1分後くらいにきた。
後で聞いた所によると、チケットをなくしたとか…。
(紙が無かったから…、という噂も…)
しかし、受付の心優しい人が、通してくれましたと、さ。

「スペースバトルシップ ヤマト」、面白かった。
黒木メイサに、
「あなたのいない世界なんて…意味がないわ!」
みたいなこと言われたら、命をなげうっても地球を救いたくもなるような気がした。
音楽がいいですね。
ただ、148000光年を旅するには、2時間半は少し短い気がした。
(しょうがないけど。)

あと、「レーダー係のおねえさん」が、えっぴーに似ていた。
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by ton2_net | 2010-12-04 18:15 | SC・メディア | Trackback | Comments(4)

【映画】カールじいさんの空飛ぶ家

実は、原作では白雪姫は悪い魔女にだまされて、3回死んでいる。
(そして、3回生き返っている。)

昔話研究家の小澤俊夫は、Disneyは、お話を綺麗にしすぎようとして、お話の持つ、本来の意味や魅力を色あせさせてしまったと言う。
小澤は言う。物語は、子供の頃に「内なる残虐性」を克服するためにあるのだと。

確かに、Disney映画の中には、人や動物が死なないものが多い。
その方針の中には、ウォルト・ディスニーなりの、信念があったのだと思う。


しかし、2009年に公開された「カールじいさんの空飛ぶ家」では、
唯一、命を落とす人がいる。
監督のPete Docterはインタビューで語る。
「彼は、カールの"生き映し"になっています。
 彼を最後にどうするか、非常に悩みました。
 しかし、これはカールとエミーの物語で、彼の物語では有りません。
 彼は副線であり、カールが何らかの面で死ななければならないとすれば、
 副線である彼が代わりに命を落とすのです。」

これは、実はカールじいさんがある意味で"死ぬ"物語なのだ。


この映画で一番感動したシーンは、ボーイスカウトの少年ラッセルを助けるため、
家具をどんどん外に投げ捨てるシーンだった。
浮力の弱くなった風船では、そのまま家を浮かせることは出来なかったからだ。
カールじいさんは、亡くなった妻のエミーとの思い出にしがみついて生きてきた。

しかし、カール・フレデリクセンは、妻の残した「わたしの冒険ブック」を読んで、
妻がそれを望んでいなかったことを知る。

エミーとの思い出であり、エミー自身の投影である家具や絵画、そして二つの椅子を
家から投げ捨てたとき、「空飛ぶ家」は、浮き上がった。
もう一度、新しい冒険に出発するために。



この映画の一つの"肝"は、「家が浮き上がるまで」をどう描くか、というところだ。
ここがうまく行かないと、”私たち”はカールと一緒に万感の思いを込めて旅立つことができない。
この映画では、声を無くし、音楽と映像だけでそれを表現している。
「無声映画」に映画の原点がある、と考えるpixerの新しい表現手法だ。

コミカルなタッチで描かれるキャラクター同士のコミュニケーションの中に、
人生に対する深い洞察とそのメッセージが込められているという気がする。
良い映画でした。


カールじいさんの空飛ぶ家【予告】 声・渡辺いっけい

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by ton2_net | 2010-12-03 10:56 | おすすめ作品 | Trackback | Comments(0)

つくばマラソン (V.S. JS, RC)

先週の日曜にマラソン走った。
3時間6分36秒(確か)だった。
自己ベストが出てじいさんに勝ったので、良かった。
少し振り返ってみよう。

朝。6時半に起きた。
ニュースを見た。
ご飯にたまごかけて食べた。
みそ汁を飲んだ。
大福食べた。
週刊子どもニュースを見た。
お父さん役の人が、「後三回だし…。ま、がんばろうよ」と言っていた。
最近の”滝 廉太郎の眼鏡事件”などもあり、この番組からは目が離せない。

…そして、気づいたら9時前だった。
(スタート9時半)
ま、まぁ計算通りですよ。
マラソンなんて、あんまりアップしてくと最初飛ばしすぎてしまうのですよ。

焦って(!)競技場に行くと、みんないた。
りっちゃんさんとトモさんもいた。
ちょっとストレッチして、スタートへ。

どうして毎年同じ過ちを繰り返すのか?
とそろそろ思い始めたので最初はゆっくり…
と思って走った。
しかし、気づくと4分10秒とかで走っていた。
後半を上げようと思い、落とした。
勝負は30kmからだ、きっと。

10kmらへん?で応援の方々が。
毎年ありがとうございます。

最初の給水所がこの辺にあった気がする。
マラソン関係で好きな言葉は、りっちゃんさんの
「最初に飲んだ水も、後になって効いてくるから」。

17kmらへんにも、給水ポイントがあったので、
ちょっと後ろを見て、人とぶつからないように取ろうと思ったら、
すぐ後ろに見たことある人がいた。

「なに…!」と思って前を向いたら、後ろから「くへへ…」という笑い声が…。
間違いない、るいちゃんだ…。
その直後、ゆりかはむふっきーらが。

そのままるいちゃんと30kmくらいまで走った。
一緒に走ってくれる人がいるのは、ありがたいね。
(ちなみに、るいちゃんはすれ違う人たちに応援される度に「けへへ…」と笑っていた。)

”約束の30km地点”まで来たので、調子に乗ってペースを上げた。
順調に1km4分に迫るペースまで上がった。
すると…。
38km地点で「あ、これこれ♪」という感じがして、
ペースが一気に落ちた。

あ、ゆうたがいる。
と思ったら、なんか後ろに気配を感じた。
まさか…と思って後ろをむくと、るいちゃんがいた。
すーっと前へ行ってしまった。
(そういえば、去年あーみーに抜かれたのと全く同じ感じだった。)

ループに入ったら、早くも折り返して来たイカ、りっちゃんさん、みわまきが。
えびちゃんもいた。相当苦しそうだった。
T代に至っては、足がヤバそうで、歩いていた。
坂で応援してもらって(のんちゃんもいた)、
最後の1.5km。

そして競技場に入った。
10分は切れそうだから、じいさんには勝てるだろ…。
るいちゃんはもういないな…。
とか思っていたら、最後の戦いが。

背の高いイケメンが迫って来た。
なにー。速いよ。無理だよ。

でも、ここで負けたら、何か大切な物を失う気がしたので、
最後飛ばした。
イケメンに勝利した。
(ooishiは、"小さなアイデンティティー"を手に入れた。)

走り終わって、帰ってくる人の応援をした。(ビール飲みながら)
沢山の人が走っていた。
途切れること無く、ゴールへ人が走ってゆく。
なんとなく、これはすごいことだな、と思った。

ハムも書いていた。
「きっとそれぞれが、なにか目標があって、なにか約束があって、
なにかしらの問題を抱えてる。中間地点過ぎて体のどこも痛くない人なんて、きっと10人に一人位かもしれない。
 でもみんなが、必死になってゴールする。 」

マラソンとか、山とかはやってるけど、どうしてなのかよく分からん。
どうしてあんな苦しいことがはやるんだろう?と思う。
(ここまでくると、冬山登山が流行ださないように祈るばかりだ。)

でも、少し分かるような気もする。
それは、苦しさを乗り越えるという所には、
そこまでに至る過程で「自分の不甲斐なさ」を感じる、
という通過点が多かれ少なかれあるということ。

そういうとき、蛇口をひねれば水が出るし、コンビニに行けば食べ物が有るし、
「”生命を維持する”ことだけ考えれば一人でも生きて行ける」
日常生活では感じられないことが、感じられるのだと思う。

同好会のみんながいるから、今年も出場したし、
いい結果が出したいと思えて、夜にジョグすることができた。
応援に励ましてもらって最後は上げられたし、
また、最後まで走れたと思う。

登山だって、みんながいなかったらあんなきついとこ、行かないよ。
せいぜい筑波山とかに行くか行かないか、だと思う。


走り終わってみわまきが見知らぬおじさんと親しげに話していた。
あとで、あの方、岩井ハーフで一緒になった人なんですよ、と言っていて、
「一緒に走った人って、同志って感じで仲良くなれるよね」
という話をした。

困難に際した時、一緒に闘ってくれる仲間がいるのは、
とてもとても、有り難いことだよね。

多分、毎日みんな、何かと一所懸命闘っているけど、
あえてわかりやすい困難に挑むことで、
そういう、有り難さみたいなものがずっとずっと意識しやすくなるんだと思う。
たぶん。
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by ton2_net | 2010-12-02 07:24 | 陸上 | Trackback | Comments(7)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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