新しくなったton2net



<   2010年 10月 ( 9 )   > この月の画像一覧


帰ってきた

火曜日から、和光市の理化学研究所へ実験準備のために滞在していた。
理研は、宿舎も食堂も申し分ない。素晴らしい。

実験準備の方は…。
なんとか、間に合ったと思います。

去年に引き続き、この理研実験の検出器の一部を担当。
一応「取りまとめ」役ということであったが、
あたふたしていた。

でも、去年よりはましだったように、思う。たぶん。

しかし、去年自分で調べて勉強したところがまたわからなくて、
話を聞いて「あっ、そうだった!」と思うところが何回かあった。
そういう時は、大変に悔しいものですね。


明日は朝早くから八王子へ向かいます。
寝ます。
[PR]
by ton2_net | 2010-10-29 21:44 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

世界の声に耳を澄ますこと

野矢 茂樹の「無限論の教室」では、無限には「実無限」と「可能無限」の
考え方があることが紹介されている。

すなわち、その簡単な考え方は
実無限:無限は既に存在していて、私たちがそれを発見して行く
可能無限:無限を作り出す”規則”があるだけで、無限が存在しているわけではない
となる。

例えば、
「円周率に、7が7つ続けて現れる箇所は存在するか?」と言う命題を考えよう。
(今はまだそのような箇所が見つかってないとする。多分見つかってない。)

● 実無限の立場
答えは「真」か「偽」のどちらかである。
答えは既に存在するが、私たちがそれを知らないだけだと言うのである。

一方、
● 可能無限派の立場
答えは「真だとも偽だとも言えない」となる。
なぜなら、円周率を計算し続けることのできる「規則」が既にあるだけで、
なされていない計算の結果については、「まだこの世に存在しない」とするからである。
それは「まだ生まれていない僕の子どもは男の子か、女の子か」と問いかけるのと同じである。
その真偽は、子どもが生まれてからでないと議論できない。

一言で無限と言っても、様々な考え方があり、実に興味深い。


この概念の説明を読んでいて感じたことは、「学ぶ」と言う観点からすると、
我々の周りの世界は、「可能無限」的だな、ということである。


「ラジオ版 学問ノススメ」の内田 樹さんの回で、内田さんが言っていたことが印象的だった。
「私たちは、”贈り物を感じる感性を磨く”ことで、より良く生きられる。」というのだ。
その箇所を、少し要約しながら抜き出してみる。
-----
基本的には、人に物を書いても、言葉を発しても、
メッセージを送るってことは”贈与”なんですよ。

ラジオなんか聞いてても、「これ、俺に向かって言ってんの?」
って思うときがあるじゃないですか。
それはもちろん勘違いなんですけど、その勘違いが、
コミュニケーションにとって一番根本だと思うんですよ。

「この人は選択的に私に向かってメッセージを発している。」
そう思って、その人にダイレクトに返信したいと思うこと。

何見ても、それは、ある種病気に近くなっちゃうんだけど(笑)、
「これは俺のこと言ってんの」っていうのを何見ても感じられるセンサーを
発達させている人っていうのは世の中がすごく親しみに満ちて見えると思う。

自分に対する愛とか、敬意とか、励ましのメッッセージを、
あちこちから受け取って、あちこちにそれを発しちゃう。
どんな状況に有っても、パーソナルな、素敵なメッセージとして
受け取れる人は、強いと思います。
-----


何か出来事やものがあって、同じ物を何人かが見たとして、
でも、それを「どう受け取るか」は自分次第で、自由だ。
その「自由度」に生きることの奥深さがあるような気がする。

高校数学でも良く出てくる「平面座標」は「デカルト座標」とも言う。
数学者のデカルトが壁に止まったハエを見て、ハエの位置を表すにはどうしたらいいか、
と考えていて思いついたという逸話を聞いたことが有る。

壁に止まったハエを見た人は、人間の歴史が始まってから幾人もいたはずだが、
そこから「平面座標」という画期的なものを生み出すきっかけをとらえられるか。

やろうと思えば、壁に止まったハエから「平面座標の概念」を獲得することが、
「できなくはない」のである。


私たちをとりまく世界は、常に私たちに語りかけていると「思えなくもない」。
それに耳を傾けようとするか否かは、完全に私たちの自由であり、
そこに秘められるメッセージは、可能性としての無限なのだ。
[PR]
by ton2_net | 2010-10-21 00:05 | その他色々 | Trackback | Comments(3)

「あじよし」復活!

「つくばで好きな店は?」と聞かれたら、
「断然、あじよしです」と答えていたあの頃。

クラレットの裏でひっそりと営業を続けていた「あじよし」。
いつの間にか無くなっていたあの「あじよし」。

なんと、春日4丁目で復活を遂げていました。
e0126903_23184964.jpg

復活を遂げた「あじよし」


一見、窓のように見えるが、入り口なのである。
そして、看板などは無い。
(請け負ってくれた人が音信不通になってしまったらしい。)

入って行くなり、
「お。久しぶりだね」とおっちゃんが話しかけてくれる。
どうもどうもと言いながら、モダンな椅子にこしかける。
僕の中で「つくばの戸田恵子」である(全然似てはいないのだが)
おばさん(おねえさん)も、覚えていてくれた。
世間話。

「ちょっとお痩せになったんじゃない?」
とおばさん(おねえさん)に言われたので、
「あじよしが無かったので、食べるものに困っていたんですよ」
と言うと、
「アナタ、うまいこと言うわねぇ!」
と笑っていた。
奥でおっちゃんも笑っていた。
時間が繋がった気がした。

そしてついに、何ヶ月ぶりかの(何年ぶりかの?)「あじよし」ご飯。
(昨日は数ヶ月ぶりにイカが「富士泉」ご飯を食べていた。)
e0126903_23223438.jpg

(全部出てくるまで待ちきれなくて、食べかけだけど。)
変わらず、おいしかった。
そして、逸朗さんの流儀を受け継いで、デザートのコーヒーゼリーは”一気飲み”した。
(ワンゲルのミーティングとリー会の間に良く来ていたので、
 時間が無くなって良く”一気飲み”していたのだ。)

いい店ですね、と言うと、おばさん(おねえさん)は
「安普請よ。土地が広すぎて、建物たてるお金が無くなっちゃった」
と笑っていた。
もしも僕の家業が看板屋だったら、次来る時に
「これ、使ってください」
と言って、一つ作って持ってくるだろう。

腕はいいけど”スキ”がある。

これは、魅力の条件の一つなのではないか。
[PR]
by ton2_net | 2010-10-19 23:31 | つくば | Trackback | Comments(2)

飯島 澄男さん講演

僕は岩井ハーフマラソンが有るので出られませんが、どうですか。
楽しそう。




──────────────────────────────────────
科学と音楽の響宴2010
http://www.kek.jp/ja/event/concert/2010.html
──────────────────────────────────────
今年も科学にまつわる講演とクラシックコンサートのコラボレーション
『科学と音楽の響宴』がKEK/つくば市/つくば都市振興財団の共催
により行われます。

今回は、カーボンナノチューブの発見者である飯島澄男氏による講演
とヴァイオリン・ピアノ・チェロによるコンサートを予定しています。皆様
ぜひご来場ください!

主催:高エネルギー加速器研究機構(KEK)

日時 :平成22年11月14日(日) 13:30 開場/14:00開演
会場 :ノバホール(〒305-0031 茨城県つくば市吾妻1-10-1)

---アクセス
--------------------------------------------------------------------
http://www.tsukubacity.or.jp/info/modules/tinyd1/index.php?id=4

●電車の場合
TXつくばエクスプレス つくば駅(終点)下車 A3駅前広場出口  
秋葉原―つくば駅間 1,150円

●常磐自動車道の場合
桜土浦ICより約15分桜土浦ICより桜・学園都市方面へ。2つ目の歩道
橋のある交差点(大角豆(ささぎ))を右折して東大通りを北へ約3km。
途中片側2車線から3車線に。3車線になってから3つ目の交差点(学
園東)を左折、2つ目の交差点を左折すればカピオです。

●高速バスの場合
東京駅八重洲南口高速バス3番乗り場より毎時15分間隔で運行中
「つくばセンター行き」つくばセンター下車 所要時間約70分 料金1,150円
※交通状況によっては70分で到着しない場合がありますのでご注意くだ
さい。
※ 高速バスの詳細については
関鉄学園サービスセンター 029-852-5666

●駐車場ご案内
お近くの有料駐車場をご利用下さい。駐車場の割引サービスは現在実施
しておりません。
-------------------------------------------------------------------------------

入場料: 無料
[往復はがきによる事前申込みが必要です。]

プログラム

【第1部】 講演「科学を楽しむ!」
講師:飯島澄男氏
(名城大学教授、AIST/ナノチューブ応用研究センター長、NEC特別主席研究員)
内容:高分解能電子顕微鏡開発と材料研究の専門家であり、これまで
数々の賞を受賞されている飯島澄男氏が、電子顕微鏡写真を使った
分かり易いレクチャーをいたします。

【第2部】 コンサート
演奏:瀬崎明日香(せざき あすか)[ヴァイオリン]
菊地裕介(きくち ゆうすけ)[ピアノ]
上森祥平(うわもり しょうへい)[チェロ]
曲目:シューマン ピアノ三重奏曲 第1番 作品63
ブラームス ハンガリー舞曲 第5番
ビゼー=フバイ カルメンの主題による幻想曲
ショパン ボロネーズ第6番 「英雄」 作品53
シューマン トッカータ 作品7  ほか

詳しくは、こちらをご覧下さい。
http://www.kek.jp/ja/event/concert/2010.html

<お申し込み>
往復はがきにてお申し込みください。
往信裏面に「参加希望人数(4名まで)」、代表者の「住所」・「氏名」・
「電話番号」、返信表面に代表者の「住所」・「氏名」をご記入の上、

〒305-0032 つくば市竹園1-10-1
(財)つくば都市振興財団
「科学と音楽の饗宴」係

宛にお申し込みください。(締切:10月22日必着)

※ 申込者多数の場合には抽選とさせていただきます。落選の場合
でも通知いたします。(11月5日までに返信はがきが届かない場合は
財団までご連絡ください)

※ 当選の場合、返信はがきが入場券となります。公演当日必ずご
持参ください。

※ 車椅子をご利用の場合、事前に財団までご相談ください。

※個人情報の利用及び取り扱い
本申込で記載された個人情報については、本イベント実施に当たって
の会場受付・確認に使用し、それ以外には一切使用しません。

<本イベントの問合せ先>
(財)つくば都市振興財団
TEL 029-856-7007
http://www.tsukubacity.or.jp

高エネルギー加速器研究機構(KEK)
TEL 029-864-5123
http://music.kek.jp
────────────────────────────────────
[PR]
by ton2_net | 2010-10-18 09:27 | 物理学 | Trackback | Comments(2)

なぜ鏡は、左右を逆にするが、上下は逆にしないのか

こんにちは。
今日は、「鏡」の話です。
「なぜ鏡は左右を逆にするのに、上下を逆にしないのか?」という問いは、結構”有名な”問いかけだと思うのですが、今日はそれについて説明してみたいと思います。

ではまず最初に、「振り返って後ろを見る」ことと「左右」の関係について話したいと思います。私は今、図書館でパソコンの画面に向かっています。少し振り返ってみましょう。
隅でいちゃついているカップルがいますね…。

また前を向いて、パソコンに向かいます。
さて、私が前を向いてパソコンに向かっている時、彼らは、私の「右」斜め後ろにいます。私から見て、右側にいます。では、振り向いたときはどうでしょうか。

…あっ、目が合いました。

とにかく、振り向いてみると、彼らは私の「左」斜め前に見えます。

さっき前を向いている時には「右側に居た人たち」が、後ろを向くと「左側」にいることになっています。これは、当たり前だけど少し面白いですね。私たちが、「振り返る」という行為をする時、「左右が逆になる」ことを経験する訳です。(もちろん、私からしたら振り向いても「右手は右手のまま」なわけですが…)

では、ここで鏡を取り出してみましょう。
(もちろん鏡くらい、いつでも持っています。)
鏡に映った彼らを見てみましょう。

…あっ、鏡の中で目が合いました。

とにかく、鏡の中で彼らは、パソコンに向かっている私から見ると「右側」に居ます。

さて、ここからが大事です。
鏡を使わずに、「右」斜め後ろの彼らを見るためには、私は振り返らないと行けません。後ろに目はないですから。しかし振り返ると、さっき言ったように「左右反転」が起こって、彼らは私にとっては「左側」に位置することになります。

では、鏡をつかうと、どうでしょうか。…そうですね。「振り返らずに後ろの彼らを見ることができる」んです。
すると、「振り返る=左右反転」をしないのに、後ろの彼らを見ることが出来る。
だから、「振り返ったら左側にいるはずの彼ら」が鏡の中では「右側に見える」。

それを我々は「鏡の中では左右が逆転する」と呼びます。
”逆転”とは、相対的なもので、「何と比べて?」を明確にしなければいけません。
鏡の場合には、それは「振り返った時の左右の位置関係」です。
振り返ったら左に居るはずのものが、鏡の中では右にいるから、「左右が逆になったぞ」、と言うのです。


では本題ですが、「鏡はなぜ上下を逆にしないのか?」
先ほども話したように、私たちが「逆にする」と考える時には、「鏡の中の位置関係」と「振り向いて見えるときの位置関係」を比べます。この「振り向く」ということが「左右反転」することに対応することは先ほど話しました。
では、もし「振り向く」が「上下の反転」も含んでいたら、どうでしょう。

それは、簡単です。
バク転して、後ろを向いて逆立ちした状態で静止すればいいんです。

その時に見える景色は、(彼らは逃げ出して、視界からいなくなるかもしれないが)
今まで見ていた者と上下が逆になります。

この景色と、鏡が映す景色を比べると、「上下」が反転していることになります。

つまり、「鏡はなぜ左右を反転して上下を逆にしないのか」という問いかけの答えは、「鏡が映す景色を鏡を使わずに見たい時には、左右を反転させるような動きで振り返るから」だということになります。

鏡は、「後ろの景色を、振り返ること無しに(左右や上下を反転すること無しに)見せてくれる装置」です。
「鏡はそこにある景色をただ映すだけ」で、それが逆かどうかというのは、それを見る人間が勝手に決めているだけです。


<考えてみよう>
・ 文字を書いた紙を鏡に映すと、左右が逆の文字になるのはなぜ?
ヒント:鏡に映す時に、紙をどうしてますか?

・ ボールがくるくる回っているのを、向かい合う二人が見ているとします。
  ボールが「時計回り」で回っているか「半時計回り」で回っているかは、二人とも同じに見えます。
  しかし、鏡に映すと「時計回り」で回っているボールは「半時計回り」で回っているように見えます。
  なぜですか?
ヒント:「私」に向かい合って座っている「あなた」の左右は、「私」の左右と比べてどうなっていますか?
[PR]
by ton2_net | 2010-10-15 17:03 | 物理学 | Trackback | Comments(2)

野菜

カレーを作る時に、タマネギと肉いためて、ジャガイモと人参電子レンジであっためて。
それから水を入れて煮るじゃないですか。

その時に、ルーを入れる前に、一口味わうことにしてます。
その煮汁を。

そうすると、肉いためる時にちょっと塩、こしょうかけただけなのに、
ちゃんと味がするんですね。
肉と、野菜の味が、溶けて出てくるんですね。

多分、世の中味付けが濃すぎますよ。色々と。
自分自身、いろんな味付けし過ぎだと思うときが、たまにあります。

もっと、そのままの、優しい味で勝負して行けたら、
もっともっと面白いことができるんじゃないかって、気がするときがあります。
[PR]
by ton2_net | 2010-10-12 21:45 | "言葉” | Trackback | Comments(0)

サンデル教授の授業とサイエンス・コミュニケーション

日曜日に、NHK教育で「白熱教室 in Japan」という番組が放送された。

ハーバード大学のマイケル・サンデル教授による人気授業"Justice with Michael Sandel"の日本語版「ハーバード白熱授業」の人気を受けて、サンデル教授が来日。
東大で講義した。
("Justice with Michael Sandel"は、こちらから見る事ができる。
 英語だが、授業には英語字幕をつけてくれてある。
 また、まとめメモが公開されている「ハーバード白熱教室ノート」も参考にされたい。)

授業はサンデル教授の問いかけに対する生徒同士のディスカッションで進み、
出てきた意見に教授が補足し、まとめることを軸にして進むという大変エキサイティングな展開だった。
e0126903_22375570.jpg

「白熱教室 in Japan」を見終わった時、以前このブログで紹介したランディ・パウシュの「最後の授業」に出てきた”頭のフェイント”という言葉を思い出した。
最後のサンデル教授の言葉が、講義を通して「受講者に本当に伝えたい事」だったように感じられたからだ。


サンデル教授は、講義の冒頭で「基本的な3つの正義の考え方」を示した。

1. 最大多数の最大幸福を実現する事が、正しい事だとする考え方(e.g. ベンサム)
2. 人間の尊厳を最大限に尊重することこそが、正しい事だとする考え方(e.g. カント)
3. 美徳と、共通善を育むものこそが、正義だとすること(e.g. アリストテレス)


その後、3つの事例をもとに、受講者に意見を求めた。
a. 給仕のパーカーの事例
難破した船から脱出した3人の船員が、給仕であったパーカーを殺害し、
彼を食料として命をつないで無事に救出された事件。この殺人は正しいだろうか?

b. イチローの年俸についての事例
イチローの年俸は約15億円。対してオバマ大統領は約3500万円である。
イチローの年俸は、高すぎるだろうか?それとも正当な額だろうか?

c. 東大裏口入学仮定の事例
東大の入試で、入試では合格に至らない生徒がいる。
彼を合格にしたら多額の寄付が東大になされるとして、彼を入学させるべきだろうか?

生徒の出す自由な意見をまとめて行く中で、サンデル教授はその中に、最初に提示した「3つの考え方」を見いだして行く。

サンデル教授は、意識しなくても、このような議論の中に「正義を考える根本的な概念」が見いだせる事を指摘し、授業を次のようにまとめた。
私たちはこの講義を通じて、正義や権利、共通善にとりくむことができるのは、哲学者だけではない事を示せたと思う。それは、市民たる事の一部なのだ。


正義や権利、また、ベンサムやカントやアリストテレスなどは、私たちの生活とかけ離れた、全く別世界のことのように感じてしまう人も少なくない。

しかし、実は私たちがニュースや、身の回りの出来事に対して意見を持つ時、
意識をしていないだけで実は、
「正しいとはどういうことか」
「良いと悪いの境界はどこにあるのだろうか」
といった根本的な問題に触れている。

サンデル教授は、問題を提示してその場の人間に「自由に」議論させる中で、その事を実験的に「証明」した。
その意図は最初に明かさず、最後に、「そういうことだったのか」と参加者を納得させる説得力のある講義だった。


私は今、大学院で物理を学んでいるが、そこで感じた事は、
「科学は、人間が自然を理解し、向き合うための考え方や方法」
だということだった。
科学という何か巨大な物が既に存在する訳ではなく、
その「やり方」は日々より良い物を目指して更新されるものだと思う。

もしそうだとすれば、日常とかけ離れたものだと思われがちな科学の方法論もまた、
毎日の生活の中で、
直面した問題に取り組む時に、
自分や、親しい人を理解する時に、
役立てる事ができると思うし、
意識しないうちに使っているのではないかと思う。


科学の魅力の一つは、日常とかけ離れた壮大なスケールにある。
宇宙の話や、細胞の話など、科学の最新のテーマについて「理解を深める」という点でもサイエンス・コミュニケーションは意義がある。

そして同時に、
科学というものは、実はもっと平凡で、身近な物でもあり得るという事、
そして、科学の行く末を決めるのは、偉い科学者だけではないという事を
伝えるためにサイエンス・コミュニケーションという方法があるのだと
私は思う。
[PR]
by ton2_net | 2010-10-06 23:43 | SC・メディア | Trackback | Comments(0)

ネット上アウトプット強化期間、そして当たり前の事に気づく

そんな訳で、充実した週末の話も良いのだが、書こうとした事を一言も書かずに終わってしまったので、もう一個書く。
一ヶ月前の記事で、インターネット上のアウトプットの機会を増やしてみよう、という試みを表明した。
それから一ヶ月が経ったので、この期間中に個人的に感じた事をメモしておこうと思う。

まず、twitterだが、これはすごい。
それぞれが「人に知らせたい」と思う事を呟くので、「自分が思いもよらなかった情報や意見」に出会える可能性を秘めている。
もう一つ、ふと自分の中で思った事を、「言葉」という目に見える物に置き換える行為をする機会が増える。
そして、「本来、自分しか知らない考え」を他の人にさらし、時にリアクションがもらえる、という利点が有る。
返信だけでなく、どんな人が、自分のどんな意見を「リツイート」したか、ということからも重要な情報が得られると思う。
なんと言うか、「脳の一部のオープンソース化」みたいな試みだな、と感じた。

mixiのつぶやきも同じようなものだが、こちらの方が特定の呟きに対してコメントできる機能が有るので、レスポンスが帰ってくる率は高い。
また、つぶやきにしろ、日記にしろ、基本的に自分のマイミクが読んでくれるので、読者層を意識して記事を書くことができる。
(たとえば、陸上の練習に対する振り返りや考えを書いたり、特定の人へのメッセージとして書く事ができる。)

ブログも、ある程度読んでくれている人を想定して書いている訳だが、基本的にこちらは「誰が読んでもいいように」という姿勢で書くようにしている。(たまにそうでもないですが)
そして、ネット上では一番まとまって意見を述べることのできる場だと感じる。
個人的には、ネット上でアウトプットする中ツールの中で一番「落ち着く」空間だ。

これらを利用する利点に付いて、茂木 健一郎さんが良いツイートをしていたので引用させていただく。
書く(2)書くというと、すでに脳の中にある情報が出てくるだけだと思いがちだが、そうではない。「書く」という文脈を設定することで、その場で情報が生成される。出てきたものが、自分にとっても驚きということはしばしばある。@kenichiromogi

これぞ、ネット上で文章を書く大きな目的の一つではないかな、と思う。
書き終わって読んでみると、「こんなことが言いたかったのか」と感じる時が有る。
「自分が予想もしなかった自分」を発見するとき、少し大きくなれた気がする。



さて、この期間中に「気をつけなければならないこと」にも気づいた。
それは、ネット上のアプリケーションの多くに共通するものかもしれないが、
「それを使う事自体を目的にしない」
ことが大切だと思う。
言いたい事があるから、twitterを使うのではなく、twitterで何か呟きたいから、twitterを使う。
そういう使い方は、大げさに言えば”twitterで呟くために生きている”状況を招きかねない。

本来、こういうものは「何か人に伝えたい事や、得たい情報がある時に使う”情報伝達のツール”」
であって、「伝えたい事」や「知りたい事」も無いのに、むやみに入り浸って、
常にタブが開いてあって、研究や勉強の合間にちらちら見てしまって、
集中力が落ちてしまった、というのでは、まったく逆効果で悪影響だ。

”依存”とはこういうことかもしれない、と思う。
何かをして、その効果を楽しむのではなく、もうそれ自体を行う事が目的になってしまう。
こういうのは、恐ろしい事だな、と思う。

ツールは、目的を持って使わないと、大切な時間や労力を無駄にしてしまう恐れがあるんだという、当たり前の事に気づいた1ヶ月であった。
[PR]
by ton2_net | 2010-10-04 21:40 | その他色々 | Trackback | Comments(1)

週末あれこれ

金曜。内定式。
とりあえず印鑑を忘れる。
前回は、ユニクロで買いたての服に「Mシール」が付きっぱなしだった。
「毎回一ネタ持ってくるね!」
と言われる。

6年間使うという社員証の写真を撮る。
撮った後に、
「ネクタイ緩んでるけど、大丈夫?」
と言われる。
先に言ってよね、先に。笑
まぁ、どうでもいいけど。

そんな感じで適当に飲んで、帰ってくる。

翌朝土曜は、流通経済大学で5000mと初100mを走ったりした。
感想としては、走る前にやたら色々言っていたけんじ君は、
その言葉がことごとく裏目に出ていた。
出場者の皆様、お疲れさまでした。

流経大のファイト君とまこと君に足のケアのアドバイスをもらった。
ありがとう!

その後、白熱のTT(タイム・トライアル)が有り、主将とブロック長から、
有り難いお言葉をいただいた。
そうだよね。
「みんなが満足できる結果が残せれば、総合的な結果もきっと見えてくるはず」
”同好会”って何だっけ、という本質に迫るスピーチだったと思う。
残された期間を、慈しんで楽しんで、大事に過ごそうという気持ちが新たになる。

そして、短距離・フィールド飲みにかぶせての中長マネ飲み@鳥吉。
・ 絶妙なタイミングでカレーが出てくる
・ スプーンはありません。箸で食べてください。(後で出てきたけど)
・ 店員の一人「あきえもん」はえびちゃんと顔見知り疑惑
・ 対抗選手による「何点取りたいんだ」コール
・ 怖い…いや、強気なみーさん
・ あさい様による「くだらない」話
・ N尾が1年生男女にメアド交換を強要していた。(個人的にはGood Jobです。)
・ N尾が、「俺は幸せだ」と連呼していた。(あと、若い子はやっばり、何ちゃらとか言っていた。)
・ ケンヂコールは、やはり強くて、なんか会場に一体感がある。
・ 内定式後の飲み会を蹴り、参加したけんこばは女の子を口説いていた説
・ F田過呼吸→「う、うらぁ」→F田占い「おれ、社会に出てやっていけるかな?」「うん。」
もっと色々有った気がしたが…

というわけで、良い週末でした。
[PR]
by ton2_net | 2010-10-04 21:15 | Trackback | Comments(0)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
検索
memo
最新の記事
記事ランキング
最新のコメント
>JUN2さん そうだ..
by ton2_net at 13:52
いや、1年くらい前まで有..
by JUN2 at 10:33
以前の記事
カテゴリ