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いいエントリー、ありまっせ

最近良いな、と思ったブログエントリーを紹介します。
時間ある人は読んでみてね。

宗 分州さんの「偽 リーダー論」(1-3)
リーダーはこうである。
ということではなくて、「こういうリーダー面してるヤツって、大抵偽物だよね」と
逆説的にリーダーの要素を発見する記事。


横山 広美さんの、視点・論点 「科学の説明 義務化」

世阿弥の「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」という引用の箇所に「なるほど!」です。
どういう疑問があって、なぜその研究が行われていて、これからはどうしたいのか。
日本の科学報道の一部では、この「流れ」が軽んじられている気がします。

内田 樹さんの「緋色の研究」の研究
緋色の研究、懐かしいですね。何度も読み返しました。
シャーロック・ホームズとワトソンの出会いと二人が手がける最初の事件を描いた小説です。
うまく説明できないもの(what is out of the common)ものはたいていの場合障害物ではなく、手がかりなのだ。この種の問題を解くときにたいせつなことは遡及的に推理するということだ。

うーん。含蓄がありますね。

「千の事件を知っていれば、千一番目は簡単です。」
というホームズの言葉は、大学受験の数学を勉強している時によく思い出しました。

ちょっと前の記事ですが、
茂木 健一郎さんの○○は脳に良いですか?
昨日、メチャイケに茂木さんが出ていた気がするのは気のせいか…?
自分の専門とする領域を、専門外の人に説明する時の心得。
本当にこういう質問は多いのだと思います。


時々、「書きたい事はあるけど、ごちゃごちゃしていて文章にできない」時なんか、
鬱憤をはらすためにこういうリンク記事を書く事にしています。

今日から大島だ!!
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by ton2_net | 2010-08-22 12:30 | おすすめ作品 | Trackback | Comments(0)

さばを食べた

今日も科博へ。
つくばー上野出勤が日常化しつつある。
今日も色々考えながら駅へと向かっていたら、
女の人とすれちがった。
あとで、はっとして、お世話になっている図情の先生だと気づいた。

とりとめも無い事を考えていると、まわりが見えなくなるのである。
失礼な事をしてしまった。


帰ってきてから走った。
なんか右の目の奥であるところの頭が痛かった。
ふらふら走っていると、ゆめとしもが。
酔ったときに放つとされるワードの話をされた。
注意しよう。

それにしても、意外にこのブログを読んでくださっている方がいることに驚く。
「ブログ、読みましたよ」(20代 男性)
「あの記事、よかったですね」(20代 男性)
「もやもやが解消されました」(20代 女性)
「メモとってしまいました」(20代 女性)
などという嬉しい声を頂く事があって、感激。

こういう時は、やたら嬉しいのだけど、恥ずかしいので
「あ、そう? ありがとう」
とそっけ無い返事をしてしまう。
ありがとうございます。
これからもよろしくね。

そしてあっさいとペース走(のようなもの)をして、
200mを2本走り(打倒イカ)
チャドと100m流しを2本やった。

さばを焼いて、卵ご飯と一緒に食べた。
書こうと思っていた事は、明日に回そう。


追記、
先日「書籍バブル」について書きましたが、
勝間 和代さんもブログにてコメントしていました。
こちらも興味ある方はご覧下さい。
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by ton2_net | 2010-08-16 22:51 | 陸上 | Trackback | Comments(0)

「池上バブル」これ如何に?

発端はブックファーストの遠藤さんのブログ、「池上彰・伝える力」である。
これを読んだ内田樹さんが、「ウチダバブルの末路」でこの記事に触れている。

遠藤さんのブログの中には、茂木 健一郎さんに対する
「茂木バブル」という言葉も使われており、
内田樹のtwitterでの発言を受けてすぐさまブログ上に「当事者として」というコメントを書いた。

最近内田・茂木ペアのブログやtwitter上での意見交換というか、
お互いが刺激を受け合っている感じは、なんだか自由闊達な感じがして良い。
茂木さんの「当事者として」は、結論は違えど、内田さんとの関係を大事にして行きたいという気持ちが現れる結びになっている。


個人的な意見を書く。
遠藤さんは、
「茂木バブル」は出版点数が増えるにつれて1冊1冊のつくりが
スピード重視で雑になり、文字の大きさが大きくなり、
内容が薄くなってきて、でもそれに対して書店での露出は増え、
そして点数が多いことでお客さんが何を買っていいか分からなくなり、
バブルが弾けました。

と書いているが、確かにそういう印象は受ける。
「文字の大きさが大きくなり、内容が薄くなっている」のは本当ではないかな、と思う。
(店頭でぱらぱら読んでるだけだからなんとも言えないけど)
でも、「雑になっている」のとはまた違うのではないかと思う。



今、僕は上野の科学博物館で集中講義を受けている。
科学を一般の人に分かりやすく伝えるためには、という趣旨の授業である。

その授業の一環として、
「自分の専門領域を専門外の人に分かりやすく10分間で伝えてみる」
というものがあった。

僕は、原子核研究の奥深さが伝えられるように、と思い、
原子核の基本的な性質から最新の研究まで、密な内容のスライドを作った。
結果、その発表への反応はイマイチであった。

次の週、僕はスライドを大幅に改定した。
伝えたい内容を減らし、たとえを使うようにしてみた。
原子核は星の進化とともに合成されるのだが、
星の一生を説明するために「いつ見ても(重い星の)波瀾万丈」という
かなり適当な説明をしてみた。

結果、前回の発表よりも明らかにウケが良かった。


聴衆や読者が、いつも密な内容や高度な内容を求めている訳ではないのだ、と気づいた。
思えば、ブログにしたって、
「ちょっとこれは難しいけど挑戦して書いてみよう」ということよりも、
若干軽いタッチで「軽妙」を意識して書いたエントリーの方がコメントの数は多かったりする。

「雑になる」は、あくまで遠藤さん個人としての意見であって、
他の人からしたら、どうかはわからない、ということである。

したがって、編集者や著者は、「手を抜いた」のではなく、
「もっと消費者に求められるものを」と思って作った結果かもしれないのである。

批判は、「個人的な声明として」発表するのは良いと思うのだが、
「あたかも一般性を持っているように」書く事は、
それなりのリスクがあり、軽々と行わないように注意が必要だと思う。
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by ton2_net | 2010-08-13 10:59 | ニュース | Trackback | Comments(0)

【読書記録】ガラスの巨塔

「ガラスの巨塔」/今井 彰(幻冬社)

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あらすじ(AMAZONより)

1万人を超える社員を抱え、国内外に82の支局を構える全日本テレビ協会。ここに、三流部署ディレクターから名実ともにNo.1プロデューサーにのし上がった男がいた。湾岸戦争時に作った1本のドキュメンタリーをきっかけに、受賞歴多数の社会派ディレクターとして名を馳せ、プロデューサーとして手掛けた「チャレンジX」は視聴率20%超の国民的人気番組に。天皇と呼ばれる会長の庇護の下、「選ばれし者」の特別職に誰よりも早く抜擢され、さらなる野望をたぎらすのだが…。悪意と情熱が交差するとき、栄光は汚辱に塗り替えられていく。元NHK看板プロデューサーが書き下ろす問題小説。


著者の名前で検索すると、この小説が現実の出来事とかなりリンクしていることがわかる。
番組名や会社名などは若干変えてあるとはいえ、読んでいたらすぐに「あの会社だな」と
分かってしまうのでリアルである。
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by ton2_net | 2010-08-13 10:36 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

ipodの副作用と良い刺激をもらったこと

・ ipod事件
朝、起きて陸上の練習に行こうと思って着替えた。
ポケットに手を突っ込むと、何かある。
ipodや〜!!
シャッフルなだけに、洗濯機でシャッフルされたようです。

これを後輩に話すと、真顔で
「先輩のipod、そんなに汚れてたんですか?」
と聞かれた。
さすがです。


さて、そうしてipod無し生活が始まったのだが、
(PCにつないだら問題なく動いたが、バッテリーがやられていた。)
ふと気づいたのは、ipodが無いと、ブログに書く事に困らなくなる、という事であった。
つまり、歩いたり自転車に乗ったり、電車の中で本を読んでいないとき、
ついipodを使っていたのだが、
実はそういう時にとりとめもなく考えていた事をブログに書いていたのであった。

確かに思い返してみると、
「ブログに何を書こうか思いつかない」
時期と、ipodせっかくあるんだからもっと使おうかな、
と思い始めた時期は大体一致しているように感じられる。

就職活動の時には、移動時間に
「自分、一体何がしたいんやっけ」
とふらふら考えていた事が、案外エントリーシートや面接内容の
核になったりした。

「アイデア出すぞ!」
という時間も必要だけれど、
フラフラと脳内をさまよう事もやはり必要なのだと思った。



今日も上野で集中@科学博物館。
飲み会で皆さんとお話。
大切な事を思い出す。

自分の心の中の「なんか違うなぁ」にきちんと耳を澄ます事。
”答えの無い問い”に挑戦する事。
つきつめて考える事。

いやぁ、飲み会大事ですね。
特に普段飲まないような世代、バックグラウンドの人と話すのは本当に有意義だと実感。
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by ton2_net | 2010-08-06 23:58 | その他色々 | Trackback | Comments(0)

こんな所に

写真は、36飲みのしおりに感嘆する後輩達。
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「一枚だけかと思ったら、厚っ!と思った」とはF上氏の言。
フォーメーション図にはみな圧倒されたようだ。
さすが、Yりかさん。



さて、内田 樹さんのブログに、「池谷裕二さんの講演を聴く 」という記事があって、内容を大学の後輩に話した事がある。
引用。

忘れないうちにメモしておこうと思ったのは、スワヒリ語40単語を覚えるプログラムの話。
それをご紹介しよう。
スワヒリ語の単語40語を学習して、それから覚えたかどうかテストする。
という単純な実験である。
ただし、4グループにわけて、それぞれ違うやり方をする。
第一グループはテストをして、一つでも間違いがあれば、また40単語全部を学習し、40単語全部についてテストをする。
それを全問正解するまで続ける。
いちばん「まじめ」なグループである。
第二グループは、間違いがあれば、間違った単語だけ学習し、40単語全部についてテストをする。
第三グループは、間違いがあれば、40単語全部を学習し、間違った単語についてだけテストをする。
第四グループは、間違いがあれば、間違った単語だけ学習し、間違った単語についてだけテストをする。
これがいちばん「手抜き」なグループである。
全問正解に至るまでの時間はこの4グループに有意な差はなかった。
まじめにやっても、ずるこくやっても、どの勉強法をしても、結果は同じなのである。
ところが、それから数週間あいだを置いて、もう一度テストをしたら、劇的な差がついた。
「まじめ」グループの正解率は81%。「手抜き」グループの正解率は36%。
まあ、これは天網恢々粗にして漏らさずというやつである。
さて、問題は、第二グループと第三グループはどういうふうになったかである。
第二と第三はやったことがよく似ている。勉強に割いた時間も変わらない。にもかかわらず、大きな差がついた。
さて、どちらが正解率が高かったでしょう。
1分間考えてね。
第二グループの正解率は81%(「まじめ」グループと同率)。
第三グループの正解率は36%(「手抜き」グループと同率)。
これから何がわかるか。
「学習」は脳への入力である。
「テスト」は脳からの出力である。
つまり、脳の機能は「出力」を基準にして、そのパフォーマンスが変化するのである。
平たく言えば、「いくら詰め込んでも無意味」であり、「使ったもの勝ち」ということである。
書斎にこもって万巻の書を読んでいるが一言も発しない人と、ろくに本を読まないけれど、なけなしの知識を使い回してうるさくしゃべり回っている人では、後者の方が脳のパフォーマンスは高いということである(生臭い比喩であるが)。
パフォーマンスというのは、端的に「知っている知識を使える」ということである。
出力しない人間は、「知っている知識を使えない」。「使えない」なら、実践的には「ない」のと同じである。


後日、その後輩から、
そういえば、この前のお話、免許講習で受けられるテストで使われてますね、
と言われた。

免許をもらうためにテストを受けなければいけないのだが、
それを勉強するためのソフトがあって、
それは「テスト」→「不正解の問題直し」→「全部もう一回テスト」という形式なのである。
知ってか知らずにか、実験的に「効率が良い」とされるシステムになっているのである。

何種類かやってみて、結局この方法にたどりついたのだろうか。
方法と正答率のデータを記録すれば、良い実験に成るんじゃないかと思う。
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by ton2_net | 2010-08-04 15:00 | Trackback | Comments(3)

東医体

今日から東医体がはじまります。
残念ながら応援には行けないのですが
応援しています。

みなさん、がんばってください!
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by ton2_net | 2010-08-03 08:44 | 陸上 | Trackback | Comments(0)

「私にとっての博物館」

科学博物館で行われている集中で、
「私にとっての博物館」という課題エッセイが出されました。

人気投票の結果、24作品中栄えある一位に選んでいただいたので、
ここに自慢の意味を込めて掲載します。
(名前公表されなくて誰もほめてくれないんだもん。)

いや、でも非常に嬉しかったです。
KFC+ホワイト餃子+ビールの誘惑に打ち勝ち(結局食べて、一缶飲んだけど)、
書いた甲斐がありました。

おじいちゃんとの良い思い出です。
書いていて、もういないっていうことがちょっと信じられませんでしたね。
では長いですけど、どうぞ。


「私にとっての博物館」

亡くなった祖父の形見として、私は一つの石を持っている。
上品な青をたたえた銀色の光沢を放つこの石を見ると、私はいつも祖父を、
そして祖父が自宅のはなれに作った”石の博物館”を思い出す。

初めてそこに入ったのは、小学生の夏だったと思う。
外の夏の日差しや、蝉の鳴き声とは対照的に、その部屋は暗くひんやりとしていて、
驚くくらいに静かだった。
石集めが趣味だった祖父は、その部屋に実に様々な石をコレクションしていた。
水晶のように透明できらきら輝くものや、エメラルドのようなはっとする緑のもの。
木がそのまま固まったような珍しい石も有った。
その部屋に入った私や、兄や妹は、見た事の無い石の数々に魅了された。
手に取り、裏返したり、撫でたりした。
そんな姿を、祖父は部屋の片隅から終始にこにこと見守っていた。

祖父が亡くなったのは、私が大学に進んでからだった。
寮の部屋で訃報の電話を受け取った私は、翌日のお葬式の時間を確認して電話を切った。
窓の外から、気の早い秋の虫の声がした。
ふと、あれはどこだったろうと思って、祖父の形見の石を探した。
引き出しの中にそれはあった。
最後に祖父に会ったのは病院のベッドの上だった。
別れ際、陽気な祖父が肩を震わせていたのが忘れられない。
でも、その石を見た時に思い出したのは、まだ元気だった頃の、
”石の博物館”館長である祖父だった。
にこにこして、いつも冗談ばかり言っていた祖父は、本当に石が好きだった。
私は、祖父から石の名前や解説を聞いたことは無い。けれども、石を眺める優しい目。
新しく仕入れた石の台を自作する時の真剣なまなざし。
そして、コレクションの中のいくつかを私たちに手渡してくれるときの嬉しそうな表情が、
それを語っていたと思う。

博物館には、形あるものが展示される。
言葉による説明が添えられる。
けれども、良い博物館は、それらを通して、形や、言葉で表せない大きなものを、
来館した人々の心の中に残すことができるのだと思う。
祖父の”石の博物館”のひんやりとした空気や、石に囲まれた空間の独特な雰囲気。
そして何より、そこにいた祖父を、私はありありと思い出すことができる。
展示物の名前なんか、内容なんか覚えてなくたっていい、と私は思う。
画面の向こうや写真に見るのではなく、実物として並ぶたくさんの展示品。
それらに囲まれることによって生まれる独特の空気。
館内のざわめき。
そういうものが、知らず知らず、少しずつ、心の中で私たちの一部に成ってゆく。
私にとっての博物館は、そういうものだ。
祖父が私を作ったし、彼の博物館が私を作ったのだ。
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by ton2_net | 2010-08-02 22:51 | "言葉” | Trackback | Comments(0)

懐かしい写真

昔のブログの一番最初に貼付けてあった写真である。
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本文には
「今PCに入っている写真の中で一番馬鹿らしい写真」とのことです。

でも、本当にハンガーをこうやって頭にかけると、動いちゃうんですよね。

これ、最初の2人部屋(アスベスト工事で引っ越した)だなぁ。懐かしい。
そしてイカの左手が薄くなってる。
「Back to the future」のpart1で、主人公が過去を変えちゃって
自分が消えそうになるとき、左手が消えかけてるシーンがあったな。

懐古主義的ブログでした。
がんばって書いたから、一個前のブログも読んでね。長いけど。
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by ton2_net | 2010-08-01 14:22 | 陸上 | Trackback | Comments(2)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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