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7TeVを記録

LHCで、エネルギー7TeVを超えた陽子の衝突が観測された。
詳細はこちらから。

Dark matter、Higgs boson、extra dimension, supersymmetric particle...
いつの時代でもそうだが、今まで想像もしなかったような宇宙が姿を現すかもしれない。
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by ton2_net | 2010-03-30 23:44 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

”言葉のブラックボックス化”に注意せよ

100325対談まとめ(コミュニケーション学研究者)

言葉とは、意味のパッケージである。
例えば、ひとことで「恋愛」と言っても、その言葉が意味する所は
千差万別、百人十色だろう。
しかし、「どんな人でも”恋愛”といえば根っこのところは同じ」
だと共通認識を期待してしまうところにディスコミュニケーションの原因の一端がある。

何か言葉があったとして、その言葉のもつ意味は、自分にとって何なのか?を考えないと、
時間と労力を費やした結果、「自分が求めていたものは一体なんだったのか」
と壁にぶちあたってしまう。
「○○は、自分にとっては××ということです」は、常に更新されるべきものだが、
何も考えず言葉の持つ抽象的なイメージに突き動かされることを、最近個人的に
「言葉のブラックボックス化」
と呼んでいる。

本当は、物や事象や心の動きがありきで、それに単語という名前を与えることが言語化だが、
今は先にその言語を知ってしまうことが少なくない。
概念を取り扱う単語は、なおさらだ。

アン・サリバンがヘレン・ケラーに教えた大切なことは、このことだ。
井戸の水を手にかけた瞬間、ヘレン・ケラーの家庭教師だったサリバン先生は
もう片方の手に”water”という文字をなぞった。
この時ヘレン・ケラーが悟ったのは、
冷たくて、流れて行った後も少し手にまとわりつくこのものに名前がついていて、
それが”water”なのだ、という「言語」というものの根本的な概念だった。

それまでもヘレン・ケラーに単語を教えようという試みはあったのだが、
「言語」というものがそもそも何か?が分からなかったために、
ひとつとして成功しなかった。

サリバン先生は、それを教えることが出来たのだ。

言葉は単に言葉であるが、言葉の素晴らしい点は、
その背後にあるとてつもなく大きなものの存在にある。

もし言葉というものが無ければ、私たちは日常で出会う瑣末なことを
他人に伝えるために、人生の大半を費やすことになるだろう。
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by ton2_net | 2010-03-29 14:27 | "言葉” | Trackback | Comments(0)

無題

昨日は、大学での5年間非常にお世話になった先輩との節目の日。

練習へ行った。
3000-2000-1000だった。

この先輩たちとこうやって走るのも、これで最後だな、と思った。
思ったら、情けない走りは、できないなと思って、緊張した。

いつもどおり、前を走ってる人たちに比べたらタイムは遅いけれど、
それでも、昨日は自分なりに一生懸命走れたと思う。
「全力で走る」ことは、最初から無茶な走りをすることじゃない、と思う。
自分の持っている力をなるべく多く出せるように、落ち着いて自分の走りをすることだと思う。
多分、陸上してる人にとっては、そんなこと当たり前にわかってることかもしれない。
そういうことに、最近気付けた。
それは、昨日一緒に走ってくれた先輩たちの存在が大きいと思う。

自分は、対抗選手とかにはほど遠い所にいるし、先頭集団を引っ張るとかも、無理だ。
それでも、
と思う。
それでも、自分の走りをしてみせることはできるし、
それこそが大切なことなんじゃないかと思う。

自分の色々な不甲斐なさが嫌いだし、悔しいと思う。
逃げ出したくなって、やめてしまおうかとも思ったりする。
でも、今陸上はなんとか続けられていて、続けたいと思えている。

それは、本当に先輩を初め、周りの人たちのおかげだ。


昨日は、久々の一の矢飲み(復刻版)が行われた。
来てくれた先輩と、帰った。
一人二人分かれていって、最後に先輩と私が残った。
最後の最後、別れ際に、先輩が湿っぽいのは苦手だな、と笑いながら、
「お前は俺らに似ているところがある」
と言ってくれた。

私からしたら、その先輩はいろいろな意味で、手の届かない所にいるような感じがする。
そういってもらえて嬉しかった。
できることをやろう、と思った。


一年後は、我々が彼らの立場にいる。
でも、彼らの真似をしようとしても、到底出来ないと思う。
自分にできることをやるしかないし、自分にできることがやれるんだと思う。


本当にありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いします。
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by ton2_net | 2010-03-28 18:05 | 陸上 | Trackback | Comments(0)

小難しく考え過ぎてもダメで

噂のR研究所、3次選考。
TXでえっぴーに会って、その後たまきに会った。
えっぴーは、みらい平で降りるはずが、快速に乗ってしまうという
「うっかり」を披露していた。
たまきがにやにやしていた。

R研究所に着いたが、時間があるので散歩した。
たくさんの研究者がぶらぶら歩いている。
その姿を見て、この人たちは、「科学の何たるか」など、
小難しいことは考えていないように見えた。

井上武彦の「バガボンド」をまだ読んでない人は是非読んでほしいと思うけど、
この漫画の中に、胤栄という「じいさん」が出てくる。
武蔵は、このじいさんに
「強いとは何か、が分かるのは、本当に強いものになった時だ」
と言われ、当たり前のこと言ってんじゃねーよ、とつっかかる。
強くなってからわかってもしょうがねーよ、強くなるために考えてんだから、
と言いたかったのだろう。

しかし、武蔵は胤栄の弟子、胤瞬や吉岡一門との死闘を越えていくうち、
「強さ」や「天下無双」を追い求めることで逆にそれらを遠ざけているように感じてしまう。
世間から「天下無双」と評されるようになって、武蔵は逆に「天下無双は陽炎」だと気付いてしまう。
そして今、新たな想いを胸に、自分すべてをかけさせてくれる相手、小次郎を求めて旅を続けるのであった。

まぁ、何がいいたいかと言うと、小難しく考えてもダメで、小難しいこと書いている人は、
それが「分かって」から、”後から思ってみれば”、”あえて言葉にするなら”こうだ、と言っているに過ぎない・・・ような気がする。


とりあえず、なんというか、だらしなく歩いている研究者たちを見て、気が楽になった。

そして面接に挑むと、逆にリラックスしすぎたのか、思い返せば飲み会みたいな話し方をしていた気がする。
あーあ。笑
言いたいことは言ったが、伝わったかどうかは、良く分からない。
まぁ、ダメならダメで仕方ないか。


夜は、陸上の同期と電話で話した。
社会に出ることは、辛く厳しいことでもある。
自分に出来ることはなんだろうかと考えた。


そして、昨日はある人から非常にうれしいメールを頂いた。
本当にありがとう。これからもよろしく。
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by ton2_net | 2010-03-27 11:36 | 就職活動 | Trackback | Comments(0)

引越し

先ほど、ワンゲルの同期の引越しを手伝ってきた。
何度かお邪魔させてもらった部屋を段々空っぽにするのを手伝った。

こうやって、なんとなく当たり前のようにみんな筑波を離れていくんだなぁ、と思った。
しみじみ。
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by ton2_net | 2010-03-26 09:41 | ワンダーフォーゲル | Trackback | Comments(0)

ご卒業、おめでとうございます

卒業式で、みなさん雨の中でしたが、颯爽としておられました。

院1での卒業式見送りは、これまでお世話になった先輩と、
共に大学生活を過ごしてきた後輩とを同時に見送るという不思議なものだった。

別れの時期には、これまでの様々な人との関係を振り返る。

いろんなことを一緒にやったり、時間を過ごしたりしたことを思い出す。
有り難さや感謝の気持ちを抱くと同時に、
自分はこのままではいけない、と反省の気持ちも抱いた。

幸せなことに、あと一年大学生活を過ごすことができる。
今日の彼らのように立派に卒業できるように、少しでも改善していこうと思った。
このままでは、いけない。


ご卒業、本当におめでとうございます。
そして、本当にありがとうございました。
これからも、よろしくお願いします。
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by ton2_net | 2010-03-26 00:10 | その他色々 | Trackback | Comments(0)

シンポジウムに行って来た

自然科学研究機構シンポジウム@東京国際フォーラムへ参加してきた。
with ”うぃーす”H沢氏。
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「びっくり 4Dで見るサイエンスの革新」とうことで、飛び出す動画を使いながらの講演だった。
斬新。

テーマは、イメージングサイエンス。
どうも日本の研究機関などは、研究広報などに時間を割くことに消極的な感じがする。
しかし、このシンポジウムでは、研究成果を可視化することで、今まで見えてこなかった
新たなものが見えてくる、ということを主張していた。

この話題で思い浮かんだのは、”ミンコフスキー空間”だった。
空間を横軸に、時間を縦軸にとって光が進むことのできる直線を引いたりすると、
因果関係を持つ可能性を持つ領域と、そうでない領域がぱっとみて分かったり、
”ローレンツ変換”の意味が見えてきたりする。

情報の整理の仕方次第で、理解しにくいことが”一目瞭然”に理解できるようになったりする。
コミュニケーションの仕方が、研究を促進させる可能性を持つということだと思う。
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by ton2_net | 2010-03-22 19:10 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

【読書記録】「科学者の楽園」を作った男 大河内正敏と理化学研究所

『「科学者の楽園」を作った男
大河内正敏と理化学研究所』
/宮田 新平(日経ビジネス人文庫)

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”日本唯一の自然科学の総合研究所”である理化学研究所は、基礎研究で世界にその名を轟かせている。
この研究所が、第一次世界大戦の機運の中で設立され、第二次世界大戦後にGHQから財閥解体を命じられていることは、あまり知られていない。
3代所長・大河内 正敏らの奔走により財閥を成し、資金が充実していた理研。
しかし、敗戦後財閥解体と共に大河内が戦犯として逮捕、解任され、窮地に陥る。

その上、研究成果が期待されている仁科らのサイクロトロンも、
「原爆開発に使われかねない」
というまったくの誤解からGHQに破壊され、東京湾へと投棄されてしまう。

そんな絶望的状況の中、所長(敗戦後は株式会社という形であったが)に就任した仁科 芳雄は、
「まずは研究費をかせがなくてはいけない」
と抗生物質であるペニシリンに注目、量産を試みる。

物理学者であった仁科が、専門外のペニシリンに何故注目したか。
本書は、仁科の新聞への投書を引いて、その答えにも触れている。
そこには、原子爆弾という形で現れた科学の側面とは逆の側面もあるということを世に知らしめ、そしてまた生涯を科学に捧げてきた自分自身で確認したかったのかもしれない。

今日まったく戦争と無関係と思われた分野の研究成果が、他日大量殺戮の武器を生むべき源泉とならないということを誰が保障できるであろうか。相対性原理という純理論が原子爆弾に理論的基礎を与えたのを見てもわかるであろう。
 もちろん科学は、人類の福祉を増進することも事実である。戦争中に努力した科学者のおかげによってペニシリンが霊薬として誕生した。その功績は永久に忘れられないであろう。即ち科学は、これを善用すれば人類の繁栄をもたらすとともに、これを悪用すれば恐るべき害をなすものなのである。


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昨年末の広島旅行で訪れた広島の平和記念公園。
人生2回目に訪れた原爆ドームからは、原子核物理を学んでいるということもあって、
高校の時に訪れた時とはまた違った意味を感じた。

どんなことも、一つの面だけでなく、様々な角度から見ると違う意味合いを持っている。
科学の二つの側面。
どんな形でも科学に関わる人は、この両方の側面を忘れてはいけない。
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by ton2_net | 2010-03-20 23:26 | 読書記録 | Trackback | Comments(0)

大いなるものの存在を示唆する

Wikipedhiaの1Q84の項目には、村上春樹が考える物語の意義が記されている。
僕が今、一番恐ろしいと思うのは特定の主義主張による『精神的な囲い込み』のようなものです。多くの人は枠組みが必要で、それがなくなってしまうと耐えられない。オウム真理教は極端な例だけど、いろんな檻というか囲い込みがあって、そこに入ってしまうと下手すると抜けられなくなる。物語というのは、そういう『精神的な囲い込み』に対抗するものでなくてはいけない。目に見えることじゃないから難しいけど、いい物語は人の心を深く広くする。深く広い心というのは狭いところには入りたがらないものなんです。                毎日新聞より

ストーリーの面白さだけでなく、隠されている「一番言いたいこと」を読み解くことが
小説の楽しみである。
何故、一番いいたいことをきちんと書かないのか。
それは、一番言いたいことが「本来言葉で言い表せないこと」だからである。
小説の登場人物が事件に遭遇した時の心情や言動。
これらを通して、読者にその「言いたいこと」の輪郭を感じ取ってもらうために小説はある。
小説だけでなく、俳句や、短歌も同じだ。


白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

は若山 牧水の有名な短歌だが、これは
「白鳥君、君以外のすべてが青いこの世界で、白いままいてさびしくないのだろうか」
ということを歌った歌である。テーマは孤独とか、寂しさとかである。
でも、「孤独」とか「寂しさ」というのは後で名前をつけただけだ。
若山 牧水が伝えたかったのは、「この短歌を読んで読者がこの情景を頭の中に描いた時に、
心の中に生じる何ともいえない気持ち」なのである。
それは、ある側面から見れば「孤独」かもしれないし、「寂しさ」であるかもしれない。
「孤独」とか「寂しさ」というのは、本来言葉に出来ないこの「感じ」を、射影した(次元を一つ落とした)ものに過ぎない、という気がする。

言葉を通じて、小説家や歌人は、「言葉ではぜったいに伝わらないものをよりよく言葉で伝えるための挑戦」をしている。

科学も同じだ。
自然は、人間の五感で捉えられる範疇を超えている。
しかし、よりよい近似を求めて、今日も研究が進んでいるのだ。
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by ton2_net | 2010-03-17 20:29 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

対談まとめ(素粒子実験物理学者)

今日、素粒子実験の先生とお話させていただく機会があった。
対談まとめ。

・科学研究は何のために行われるのか

「知的好奇心のために」
「面白いから」
と研究をする第一線の科学者たち。
個人的には、私は研究の動機はそれでいいと感じている。

一方で、それを「社会の利益とどう結びつけるのか」を考える人も必要だ。
僕は、研究とはやはり「社会を幸せにするため」に行われるべきだと考えている。
本来、そう信じているからこそ、国民は税金をおさめて、税金が研究費にまわるのだろう。

また、「人類の知的好奇心を満たすために」と言っている割には、
きちんと情報が入ってこない。
これまで人類が考えたことのないような、
この時代に生まれ合わせなければ見ることの出来ないような研究が行われているのに、
世間の人々はそのことをほとんど知らない。

また、科学の世界の世間への情報公開は、テクノロジーの発展にも寄与するはずだ。
科学は、もっともっと社会を幸せにできるポテンシャルを秘めているのに、
その可能性をもてあましているように感じる。


・教育的側面からの社会貢献

就職活動をしていて気が付いたことがある。
就職活動は、「自分自身」という学問をすることである。
これまでの経験や考えから、「自分自身とは○○である」と、より普遍的な法則を発見することである。
そこから、
「私は~~がしたい」
「私は~~ができる」
「よって、あなたの会社に入って仕事をすれば、会社も、私もハッピー」
と言う事なのかもしれない。
とすれば、その法則は、これまでの経験や考え、つまり「自分自身」という学問
を進めるためのよりたくさんのデータに支えられている方が、信頼性が高まる。
データから法則を導き出しても良いし、
法則を仮定してデータを用いて証明しても良い。

これっていうのは、科学の研究のやり方と全く同じことではないか、と思う。
対象が自然なのか、自分なのかという違いだけで、科学の研究の仕方は、
「物事の一つの捉え方」として十分機能する。

今、科学報道は、「~~が分かった。すごいねぇ」というものばかりのように感じる。
しかし、科学の本当に魅力的な部分は、その結果に至る仮定にこそあるのではないか。
それは科学が社会に与えられる大きな利益になるはずなのに、
そこのところが現状ではないがしろにされているように感じる。
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by ton2_net | 2010-03-16 22:21 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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