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定量的

実験は昨日27日の朝9時に無事終了した。
予定より六日あまりの延長だったが、その間に本当に色んなことを教えていただいた。
そして、「定量的に」議論することの大切さと、そしてある量を計算した時に出てくる意外な
(あるいはうなずける)結果が出て来る時の面白さを改めて思った。

たとえば、二つの同様なシグナルを出す検出器をそれぞれアンプに通して、
それを足しあわせた信号を考える。
その時、両者のアンプのゲインがずれている時(例えばアンプのゲインが一方は1、他方がaとする)
の足しあわせの信号の分解能(そのシグナルのデータをガウシアンフィットしたときのシグマをピーク値で割ったもの)は、
両者のゲインが揃っている時(たとえば、二つのアンプのゲインがともに1、1)と比べて
どれくらいの比で悪くなるのだろう?

これを計算した結果、意外な事実(実は当たり前のことなのかもしれませんが…)がわかった。
ゲインが1と無限大、というa→∞という極限を考えても、分解能はゲインが揃っているときの
ルート2倍、つまり約1.4倍しか悪くならないのである。
(この数字を「しか」と言えるかどうかは実験によって求められる精度に寄るが、今回は2%の分解能が2.8%になるだけで、大差は生まれない)
ましてやゲインが30%違うだけの時などはほとんど違いが現れない。

指導教官に、「波高一緒なんだから、ゲイン合わせといた方がいいんじゃないの?」
と今から直すのは結構しんどい時に言われた場合、いつもなら
「(よくわからんが)そうっすね…」といって諦めて直すか、
「それくらい大丈夫なんじゃないですか」と曖昧な返事を返してしまいそうになるが
(すると後者の場合「いや、大丈夫っていうけどさ、じゃあどれくらいずれることになるんだよ!」と聞かれることになる)、
今回式を簡単に追って結局今の状況であればほとんど分解能に影響を与えないんですよ、
と説明したら、すんなりと「ああ、じゃあいいかもね」と納得してもらえた。
数字にこだわり過ぎるのも良くないが、定量的に考えることで議論に具体性が生まれ、
説得力が増すことを改めて思い知った一件だった。



お昼に、実験に参加した大学合同で打ち上げがささやかに行われた。
しかし、広島へ向かうために中座させていただいて25日の夜の飲み会を除けば一週間ぶりの筑波へ。
慌ただしく旅行と帰省の用意、実験の御礼のメール打ち、椎名林檎のCDをiPodに移すなどの作業をした。

今、広島行きのバスの中。気がつけば今年もあと三日しかない。
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by ton2_net | 2009-12-28 03:14 | Trackback | Comments(2)

仕事収め

今日を乗り切って明日朝九時に実験終了です。
眠いです。
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by ton2_net | 2009-12-27 00:04 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

出ない…

実はまだ実験が始まっていません。
加速器が不安定みたいです。

仕方ないことですが、ちょっと予想外。
スタートがいつになるのか見通しがたちません。

広島行き、断念なのか。。。
さすがに少し疲れてきたな。
とりあえず今から少し寝ます。
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by ton2_net | 2009-12-24 08:13 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

納会断念

実は、まだ実験始まっていません。
実験が始まってから終わるまで二日はかかるので、
もう25日の夜に突入することは確定で、さっきまる君にメールを送って
納会をキャンセルしました。

残念だ。

これは今夜遅くに出ることになると思われるのでさっきまで宿舎で休んでいたんですが、
あまりに暇でまた帰ってきました。
もう風邪がほとんど治って元気なのに寝て無くてはならなかった子ども時代を思い出しました。

納会に二人の先生の名が・・・


さて、今度は27日からの広島行きが怪しくなってくる番ですね。
さすがに大丈夫だと思いますが・・・
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by ton2_net | 2009-12-23 19:27 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

学力

実験がようやくはじまりそうだ、という連絡が今来ました。
すこし安心。



学力とは、「今持っている知識や考え方」ではなく、
これからそれらを得るための「学ぶための力」である、と
いつか内田 樹さんが書いていた。

「与えられればそれを吸収する力」と
「自ら学ぶ環境を作る力」は全然違う。

博士課程に進んでいる先輩方を見ると、
自分の「学力」の無さを痛感できる。


小、中、高と「これをやりなさい」
といわれてカリカリ勉強していればいい時期はとっくに終わっているのだろう。

「世界で誰もやっていないこと」をやろうと思ったら、それを教えてくれる人は誰もいない。

しかし、「巨人の肩に乗る」ためには、「教えを乞」わないと労力と速度が格段に遅くなる。
(一人でさっさと勉強できる人もいるけど)
教えてもらうためにも様々な能力が必要だと思う。

疑問点をはっきりさせ、具体的に質問する。
普段からコミュニケーション能力を磨いておく。
そして、
失礼の無いように礼儀を正しくして、きちんと感謝する。

昔、学習マンガに「一休さん」があって、それによると
一休宗純は大きな寺に弟子入りしようとして、
「弟子にしてください」と頼みに行った。

しかし、
「帰れ」
といわれた。

そこで、一休さんはどっこいしょ、と
門の前に腰を下ろした。
真冬である。

始めのうちは寺の人も「すぐに帰るだろう」
と思っているが、全然帰らない。
のまず食わずで寒い中ずっと座り込み、
ある時、雪が降ってきても構わず座り続けている。

そして、一休さんはついに倒れてしまう。
(このコマが印象的で、白目をむいた一休さんが大きく描かれていて、
 背景に「ぐらっ」という字がこれも大きく書いてあった。)
その次のコマで、寺の1番偉い人と思しき人が、
「あいつを早く寺に運び入れなさい!」
と額に汗を浮かべながら叫ぶのであった。

ほんとか嘘か知らないが、そもそも学校の延長で
「教えてもらって当たり前」
「学ばないのは教え方が悪いから」
と教える側を非難するようなことは、実はすごく異常なことなのではないかと思う。

小中高ならまだしも、やはり大学でそういうことを言っていてはいけないのだと思った。
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by ton2_net | 2009-12-23 08:29 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

どういうことをやっているかというと(RIBFのさわりのさわり)

朝に「今日はビームが出ません」というお達しがあって、それきり。
これで事実上24日に実験が及ぶことが確定したことになる。
今年のクリスマスプレゼントは修士論文のネタ・・・にちゃんとなってくれるといいのですが。

お昼ご飯の帰り道に加速器関連の方にお会いして、
「いやぁ、参りましたね、ははは」
と皆で笑うしかない感じになった。
「10年に一度しか壊れない部品が壊れた感じですね」
とおっしゃっていた。

理研の最新の加速器、SRCの前段のIRCまでは絶好調らしいのだが、SRCの諸々が不調らしい。

では、せっかくなので、理研のRIBF施設(のさわりのさわり)をご紹介しよう。
(図は
  http://www.rarf.riken.go.jp/newcontents/contents/facility/RIBF.htmlより
 正規分布の図は
 http://sinzo.web.infoseek.co.jp/joho/kodogozen/01kagaku/008/point008.htm
 からいただきました。)

加速器の世界において重要な量が二つある。
それは「強度」と「エネルギー」である。
「強度」とは「加速できる粒子の量」(すなわち、加速された粒子から作られる不安定核の量)であり
「エネルギー」は「粒子の運動エネルギーをどれだけ上げられるか?」
という量である。
この量に加えて、「元素番号どの粒子まで加速できますか?」ということが重要になる。
(理研の施設では水素からウランまで天然元素すべてを加速できる)

さて、ではなぜ「強度」「エネルギー」が重要になるのでしょうか?
原子核の世界を旅するのに欠かせない地図である、次の図を見てみましょう。

・ 核図表(クリックで拡大)
e0126903_167198.jpg

この図を見てわかっていただきたいことを大まかに書くと、図の中に緑色の矢印があります、と。
そして、この矢印を通ってウランまでの原子核が合成されたと考えられている。
(宇宙が出来て間もない頃には水素しかなかった)

しかし、図を見るとその緑色の矢印のほとんどは水色とピンクで塗られた領域を通っている。
この領域は、「人間がまだ一回もつくったことのない原子核の種類」を表す領域なのだ。

だから、この緑色の矢印が通る原子核を片っ端から作ってやって性質をしらべれば、
宇宙が始まってからどうやって今宇宙に存在する様々な原子核ができたのか、がわかる。
で、この水色とピンク色の領域の原子核は、全部理研RIBF(Radio Isotope Beam Factory)
という施設でできるんだ、と言っているわけですね。

もう一度核図表を見てみると、黒い四角がありますね。
これは自然界に存在する安定した元素。
これを加速して、他の元素にぶつけるor分裂させて不安定な核を作るわけです。

なので、スタートは黒四角。
黒四角から離れれば離れるほどその原子核ができる確率は小さくなるわけです。
何か物理量を測ろうと思えば、「統計的な不確かさ」というものがつきまとってきます。
これは、簡単に言えば
「これ、実験したって言ってるけど、このときはたまたまこういう値になっただけなんじゃないの?」
という質問に対して
「いや、でもこの値が±3σ(そのデータを正規分布でフィットしたときの半値幅の3倍)以上
ずれる値をとることは0.26%しかない
んだよ!だからこの値は信用できるでしょう?」
確率的にその実験データの信頼性を保障できるようにするための量である。

※ちなみに、1σ以上ずれる確率は31.74%
        2σ以上ずれる確率は 4.56%(覚えやすい)
        3σ以上ずれる確率は 0.26%だから、
1σの間に正規分布は急速に小さくなるものの±1σの間に7割近くのデータが収まり、
それからゆるやかに小さくなっていってtailを引くことが分かる。
正規分布の中心からσ離れたところが、正規分布の変曲点です。
e0126903_20202854.gif


このσを小さくすればするほど、実験値をなるべく正確に(幅を小さくして)記述できるようになる。
統計的不確かさというのは測定値が増えれば増えるほど小さくなるので、
RIBFで作ることの出来る不安定な原子核の数を決める「強度」が大切になってくるのである。


また、何か反応を起こして不安定な原子核を作ろうと思う時、
「その反応が起こるために必要なエネルギー」(反応のQ値とか言ったりする)
以上のエネルギーで元の原子核を加速しなければならない。
(たとえば、あなたが床におとしたペンを机に戻そうとした時、
机以上の高さに上げて机の上にペンを落とせばペンは机に戻るが、
机の高さより下で手を離してしまえば絶対に机の上にペンが戻ることはないであろう。
この「机までの高さ」が、「ペンを床から机に戻すためのQ値」に対応する。)

様々な反応を起こして多くの種類の不安定な原子核を作ろうと思えば、低いエネルギーから高い
エネルギーまで多くの幅を持っているほうが、有利なのである。


それで!
理研のRIBF施設の加速器たちはこの「強度」と「エネルギー」を十分出すことができて、
原子核の起源解明などに貢献できるに違いない、というわけなのですね。


さて、RIBFの加速器には以下のようなものがあります。
・ RIBF加速器
e0126903_1642219.jpg

今、このSRCで問題が起こっていて、この前段のIRCまではすごく順調にビームが来ているという
ことですね。
(建設中と書いてあるがもうBigRIPSまでビームを出した実験が過去にも行なわれている)

・・・読み返すと非常に分かりにくい。
難しいですね。こういうことを説明するのは。
でもこういうことが仕事に出来たらいいな。
(今日の記事を読んだ方、感想をくれたら嬉しいです。
 「ここまで読んであとは読み飛ばした」という方も、その場所をぜひ!!
 (殴り書きでいいですので。))


それにしても、25日にはつくばに帰れるのでしょうか。
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by ton2_net | 2009-12-22 16:47 | 物理学 | Trackback | Comments(2)

明日の朝まで

実験ははじめられないという連絡が来ました。
大丈夫でしょうかね。

勉強できるのでいいですが。
(みなさん暇を持て余しているので快く質問に答えていただける)

明日朝から始まったとして、0.8日ビーム調整。
1日で実験。
22日から1.8日なので、24日になることは確実になりました。
25日にはつくばに帰れるのかな。

ずいぶん長くいるような気がすると思ったら、
考えたらもう予定では実験とっくに終わってるはずなのです。


でもほんとに勉強になっていいですね。
帰って解析するときに疑問に気がついても、
なかなか調べられないんですよね。。。

飲み会行けるかな。
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by ton2_net | 2009-12-21 19:39 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

夢の・・・

実験開始が遅れています。

このままだと、夢のクリスマス実験の可能性も・・・


我々の担当の検出器は準備オッケーなので、ビームを今か今かと待ち続けています。
計測室に独りになってしまった。


昨日は「もしかしたら夜に実験開始かもしれないので、その時は電話にたたき起こされる」
という感じで研究所の宿舎で寝た。
3時間おきくらいに目が覚めたので、一応携帯がなっていなかったかチェックした。
寝たり起きたりして、合間に変な夢を見た。
現実じゃなくて、良かった。

授業をずっと休んでいるが、大丈夫だろうか・・・
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by ton2_net | 2009-12-21 08:24 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

実験

実験準備は順調だ。
シグナルとノイズの比が悪く、もしかしたら目的の用途に使えないのではないか、
と懸念されていたが、
いろいろやった結果ノイズが少し下がり、
そしてかなり悲観的に見積もっていたので、
実際にはそんなに悪くはない、というか結構いいことが判明した。

検出器の準備をするときには、いわゆる「ノイズ落とし」という作業をしなければならない。
これは、普段論理的な実験物理屋でも、
「なんでか知らないけど、この前はこうやったらノイズが落ちた」
という感じでいろいろ試す。
回路やケーブルをアルミホイルで巻いたり、
コネクターどうしをタイバンドでギュッとしたり。

ノイズが落ちれば、なんだっていいのだ。
というのはノイズが出る原因は複雑なので
「こうこう、こういう理由でノイズが出るからこうやればノイズは少なくなる」
なんてことを考えている間に、いろいろ試したほうがよいからだ。


今日はこちらに残る実験参加者の方々との飲み会があった。
各地の大学のほかに、中国、スウェーデンの方もいた。

そこへ、あっさいから電話が。。。
つくばで飲んでいるみんなの声が・・・
この前の飲み会の話で盛り上がっているようだ・・・

以後、気をつけます。
ごめんなさい。
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by ton2_net | 2009-12-19 23:07 | 物理学 | Trackback(1) | Comments(0)

【読書記録】宇宙創成

「宇宙創成」 サイモン・シン(新潮文庫)

e0126903_1573587.jpg


良い本だった。
にしお君の薦めで知った。
ビックバンモデルが認められていくまでの歴史の流れがわかりやすく書かれており、
登場人物である科学者の人となりのわかるような面白いエピソードが交えて書かれている。
良い本だったので天体核物理学のレポートの前半にこの本の要約を載せた。
今日のブログはこれを。
長い。


「宇宙はどんな姿をしているのか?」
「宇宙はどうやって生まれ、これからどのようになるのか?」
宇宙に対する問いは、人類共通の問いかけである。
人間の住む地球もまた、宇宙の一部だからである。
人間は、この宇宙の片隅から、広大な宇宙が紡ぐ物語を探求してきた。
紀元前6世紀にギリシアで科学が生まれてから、宇宙に対する問いは現在へと続いている。
その結果、我々は宇宙の振る舞いや歴史について様々なことについて分かるようになってきた。
そして、宇宙を知るための一つのツールとして、原子核を使うことができる。
ここでは、原子核を使って宇宙の歴史や星の成り立ちを探る学問である「天体核物理学」について述べよう。
しかし、「天体核物理学」の話に入る前に、現在の宇宙論がどのようにして探求されてきたのかという歴史についてざっと復習するところから入ろう。


1.宇宙の姿
● 地動説に至る
 「科学(Science)」が生まれるまで人類は、身の回りの現象や、空に浮かぶ太陽や月、星々のことを、神や怪物などで説明していた。
それは、根拠を持たない神話であった。
紀元前6世紀になると、ギリシアで宇宙を超自然現象ではなく、根拠を取り入れた論理的な思考に基づいた自然現象として記述し始めた。
ギリシアの科学者達は、実験と観測、論理と理論を使い、地球、太陽、月の大きさとそれぞれの距離を測ることに成功している。
そして、ギリシアの天文学者は「地球が宇宙の中心にあり、地球以外の星はそのまわりをまわっている」とする「地球中心モデル」を唱えた。
これが今日の「地動説」にまで改定されるのは、17世紀のガリレオの登場まで待たなくてはならない。
それまでに、惑星が逆行して動くように見える「惑星の逆行運動」などの問題が生じたが、プトレマイオスらは、「惑星は地球の周りを単に円軌道で回るのではなく、円軌道上を回る点を中心として円軌道を描く“周転円”を使った運動をしている」として説明した。
しかし、これは「天動説」を生き残らせるための、その場しのぎの対応であったと見ることができる。
丁度、宇宙が収縮して一点に集まってしまうのを防ぐために自らの数式に「宇宙定数」を加えたアインシュタインのように、この考えは間違いであった。
これは、当時の神学者達が聖書と矛盾しない地球中心モデルに忠実であることを天文学者に求めていたこととも関係があるだろう。

 16世紀にはいると、コペルニクスが宇宙は太陽を中心に動いているという「太陽中心モデル」を唱えた。
しかし、コペルニクスのこのモデルは世間に広く認められることはなかった。
それには、いくつかの理由がある。
第一に、コペルニクスがほぼ無名であったことが上げられる、そして彼のモデルは当時の“常識”に反していた。
次に、彼のモデルはプトレマイオスのモデルよりも観測結果を再現する精度が劣っていた。
なぜ正しいコペルニクスの地動説は、誤ったプトレマイオスの理論よりも精度がわるかったのだろうか。
それは、前にも述べたように、プトレマイオスの理論は「観測を再現するためにむりやり」作られた理論だからだ。
「二つの理論があった場合、よりシンプルな方が真実を表す」という「オッカムの剃刀」に従えば、軍配はコペルニクスに上がったであろう。
コペルニクスの理論は当時の常識に反してはいたが、地球や惑星達は周転円など使わなくとも、太陽の周りを回れたからだ。
そしてコペルニクスもまた、宗教上の主流派による弾圧をうけた。

 このコペルニクスの理論はしかし、完全に見捨てられたわけではなかった。
ティコ・ブラーエの観測結果を用いて、ケプラーによって改良されたのである。
惑星は円軌道ではなく楕円軌道を使って太陽の周りを公転していると唱えた。
これによって太陽中心モデルは、地球中心モデルよりもシンプルかつ制度が良くなった。
また、この後に登場するガリレオ・ガリレイもまた、太陽中心モデルを擁護した。
彼は望遠鏡を用いて、木星には衛星があること、太陽には黒点があること、そして金星には満ち欠けが存在することを示した。
これらは、「宇宙は完全である」という古代の宇宙論と矛盾し、新しい理論を支持していた。
ガリレオはこのことをまとめた本の出版を教会に禁じられるが、この後数世紀で教会は寛大になり、天文学者たちは次第に太陽中心モデルを支持するようになっていった。
このようにして、我々の太陽系の運動は明らかになっていったのである。


●宇宙の始まり「ビッグバンモデル」の提唱
オーレ・レーマーというデンマークの天文学者は、木星の衛星「イオ」の研究に取り組んだ。
衛星イオは、地球に対しての月の運動のように規則正しく運動していると思われていた。
しかし、イオは計算に対して数分遅れて顔をのぞかせるなど、不可解な動きをしていた。
レーマーはこのことに注目し、「もしも光の速度が有限であるならば、イオの動きの不規則性を説明できる」と考えた。
地球とイオとの距離は、最も小さくなる時と最も大きくなる時とでは、3億kmも違いが現れるのだ。
イオが木星の周りを規則正しく運動していても、イオから発せられた光が地球に到達するまでの時間差が、この不規則性を生んでいるのではないかと考えたのだ。
この後、アメリカ人として初めてノーベル賞を受賞したアルバート・マイケルソンは、光の速度(光速)c=299,910±50km/sを測定することに成功した。
では、光は「何に対して」光速で動いているのだろうか。
これはアルバート・アインシュタインの取り組んだ研究である。
彼は、「もし自分が光の速度で進んでいる時鏡をみたら、私の姿は鏡に映らないのだろうか」という思考実験を行なった。
しかし、アインシュタインは自分の姿は鏡に映るだろう、と考えた。
それは「どんな速度で動いていても、(速度が変化しない限り)物理法則は同様に成り立つ」というガリレイの「相対性原理」に基づいた考えであった。
そこでアインシュタインは「光は、観測者に対して光速で進む」と主張した。
つまり、椅子に座っている人にも、時速300kmの列車に乗っている人にも、そして光の速度で動いている人にとっても、光の速度は一定であるということを意味している。
これは、我々が普段生活している中での経験則から大きく外れる理論だった。
アインシュタインはこの仮定とガリレオの相対性原理から、1905年に特殊相対性理論を作り上げた。
これは、「空間と時間は伸び縮みし、観測する状況によって変化する」ということを含んだ理論である。
1915年には、アインシュタインはニュートンのものよりも優れた重力理論である一般性相対性理論を作り上げた。
この理論は、水星の軌道と、日食時に太陽の周りで遠くの星の光がどのくらい曲がるのか、という観測によって正しいことが証明された。
アインシュタインは、新しい重力理論を使って宇宙全体のふるまいについて考えをめぐらせた。
しかし、この理論によれば、宇宙にあるものは全て重力によって互いに引き合い、一点に収縮してまう、という結論を導いてしまうと考えたアインシュタインは、これを食い止めるために「宇宙定数」を付け加えた。
これにより反重力効果が生まれ、宇宙の収縮を食い止め、静的で永遠なる宇宙を説明しようとした。

 しかし、フリードマンとルメートルは、宇宙は絶えず変化しているのかもしれない、と考えた。
二人は膨張する宇宙を考え、そこから宇宙は非常に小さな「原初の原子」から始まったのではないか、と考えた。
これが「ビッグバンモデル」である。
しかしこの理論を裏付ける観測結果が無かったために、多くの科学者はこの時点ではまだ静的で永遠の宇宙を信じていた。


●ハッブルの定理
 ルメートルの時代を過ぎてから、天文学者たちは次々と大きな望遠鏡を建設していった。
1700年代に、ハーシェルが太陽は星の集団に埋もれている、ということを発見した。
これが今日で言う「天の川銀河」である。
1784年までに、シャルル・メシエは星雲のカタログを作った。
星の集まりである星雲が、天文学者たちの間で大論争を巻き起こした。
この星雲は、果たして天の川銀河の内部にある天体なのか?または、星雲は天の川銀河とは別の星雲なのだろうか?これは言い換えれば、「天の川銀河は唯一の銀河なのか」それとも「宇宙のいたるところに銀河はあるのか」という論争である。
これに答えるヒントを与えたのが、ヘンリエッタ・リーヴィットである。
リーヴィットは「セファイド」と呼ばれる星を精密に観測した。
大抵の星は、安定した平衡状態、つまり「星の大きな質量のために生じる重力で収縮しようとする力と、星がつぶれることで温度が上がり、それによって生じる内圧とがつりあっている状態」にある。
膨らませたゴム風船を例にとって考えれば、ゴムが収縮しようとする力が重力、そして風船を膨らんだまま留めようとする空気の圧力が星の内圧である。
これに対してセファイドは、安定した平衡状態には無く、不安定である。
星の温度が変化し、温度が低い時には内圧が減少し重力が内圧に打ち勝つため、星は収縮に向かう。
星が収縮すると内部の物体の密度が上がり、エネルギー生産が促されて明るく輝くことになる。
この時生産されたエネルギーにより温度が高くなり、星は膨張する。
膨張した星の温度はやがて冷えて下がる。
これを繰り返すのがセファイドである。
リーヴィットは、この星の明暗の周期と最も星が明るい時の明るさをグラフにし、それが一次の相関を持つことを発見した。
つまり、周期が長ければ長いほど、それに比例して星の明るさも明るくなる、ということである。
これは実は、非常に重要な発見である。
明るさは、距離の二乗に反比例する。
つまり、同じ明るさの二つの星、ある星Aがある星Bよりも9倍輝いていたように見えたとすると、ある星Bはある星Aよりも3倍遠くにあるということがわかる。
つまり、セファイドの周期を測ることによってそのセファイドの元の明るさが分かれば、地球で観測した時のセファイドの明るさと比較して、地球からそのセファイドまでの距離が分かるのである。
実はこのリーヴィットの発見があるまで、我々人類は太陽系の外の星までの距離を知る術がなかったのである。
この発見によって、我々はセファイドを「宇宙のものさし」として使えるようになったのだ。

 約10年後の1923年に、エドウィン・ハッブルは、星雲の中にセファイドを発見し、その星雲が天の川銀河のはるかかなたにあることを証明した。
この後の観測により、ほとんどの星雲は天の川銀河の外にあり、宇宙は銀河に満ちていることが発見された。
ここに天文学の大論争は幕を閉じたのである。

 さて、それから後、天文学の世界で「分光学」がさかんに用いられるようになった。
分光学とは光をプリズムなどで分けることによってその中に含まれる様々な波長の光を調べる学問である。
原子は、それぞれ決まった波長の光を放出したり、吸収したりする性質があり、それを用いれば、星の出す光からその星を構成する成分が分かるのではないか、と考えられた。
この研究により、太陽の組成が調べられ、その中に当時まだ未発見の元素があることが分かった。
この元素はギリシア神話の太陽神ヘリオスの名をとって、ヘリウムと呼ばれるようになった。
このように様々な星の組成が分かるようになったのだが、これと「ドップラーシフト」を組み合わせることで、天文学者たちは星の、地球に対して移動する速度を見積もれるようになった。
ドップラーシフトとは、「救急車が近づいてくる時には高い音に、離れていく時には低い音に聞こえるように、観測者に近づいてくる物体から放たれた波は、観測者にとっては周波数が高くなり、遠ざかる時には低くなる」という現象である。
これを使って観測すると、銀河の大半は天の川銀河から遠ざかっているように見えた。
1929年、ハッブルは銀河の距離と速度の間に、比例関係があることを突き止めた。
これが今日「ハッブルの法則」として知られているものである。
「ハッブルの法則」によれば、地球からある星の2倍の距離のある銀河は2倍の速度で地球から遠ざかり、ある星の4倍の距離にあるものはある星の4倍の速度で遠ざかっている、ということになる。
すると、時間を逆戻して考えてみるとある星の2倍の距離にあるものはある星の2倍の速度で近づいてくることになり、ある星の4倍の距離にあるものはある星の4倍の速度で近づいてくることになり、結局ある瞬間、全ての銀河が一点に集まってくることになる。
ハッブルの法則は宇宙は最初小さな点から出発して外向きに膨張をはじめることを示している。
このようにして人類は宇宙の始まりと、その後の銀河の動きという(かなり大まかではあるが)宇宙の歴史を突き止めることができたのである。


ここまで読んでくれた人は、よっぽど宇宙に興味があるか、
よっぽどの暇人だね。
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by ton2_net | 2009-12-17 02:14 | 読書記録 | Trackback | Comments(2)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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