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宮崎奕保

僕が大学受験生だった頃、寝る前に梅干をお茶請けにお茶を飲む時間を楽しみにしていた。
その時間は、テレビを見たり新聞を読んだりしていた。
ある日、たまたまつけたテレビで永平寺の宮崎奕保(みやざき・えきほ)禅師の番組が放送されていた。
禅師は語った。


老僧の 温かい死がいを 見たときに
「偉い人やったな」と思った
80にもなっておって 雲水と同じものを食べて
雲水と同じ1日を ――――
わたくしのない 生活をする
やっぱり日常の生活が手本やな
老僧の口だけでない 実行で示した
それが元や
できたら 老僧のような坊さんになりたい
だから 人間はまねをせないかん
学ぶということは まねをするというところから
出ておる
1日まねをしたら 1日のまねや
それで済んでしまったら
2日まねして それでまねせなんだら
それは2日のまね
ところが一生まねしておったら まねが
ほんまもんや
番組中の宮崎禅師の言葉


何気なく見ていたけれど、
「ところが、一生まねをしておったら、まねが
 ほんまもんや」
というくだりは、非常に印象的で、心に残った。
語り口も、訥々と、しかし、心に響く話され方だった。

しかし、たまに思う。
なにが”まね”で、
なにが”本当の自分”なのだろうかと。

或いは、それを考えて立ち止まるな、という
宮崎禅師の教えなのかもしれないが。
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by ton2_net | 2009-06-24 22:59 | "言葉” | Trackback | Comments(0)

物理学類・特別記念講演会

青木慎也教授が2009年2月に、これまでの素粒子物理学の基礎的研究とそれに
よる核力の解明が評価され、井上学術賞を受賞されました。物理学類ではそれ
を記念して、素粒子物理学による核力の解明がもたらす物質理解の新しい展開
について、特別講演会を開催しますので、ぜひご参加下さい。

●物理学類・特別講演会
「核力の解明と新しい物質観:素粒子・原子核から宇宙へ」
― 青木慎也教授 井上学術賞受賞記念 ―

とき:6月23日(火)15:15〜(5・6時限)
場所:1H201

プログラム:
15:15-15:20 はじめに
15:20-15:50 初田哲男教授(東京大学)
「物質の結合と安定性」
15:50-16:40 青木慎也教授(筑波大学)
「素粒子から核力に至る道」
16:40-17:10 小沢顕准教授(筑波大学)
「原子核の存在限界と宇宙での合成:
 核力が作る、人類が作る、宇宙が作る原子核」
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by ton2_net | 2009-06-23 12:09 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

意図していないものに出会う

今日の朝日新聞に、「出版業界の流通革命?返品改善へ「責任販売制」広がる」という記事が出ていた。

現行の出版社と書店の間で交わされている制度は「委託販売制」で、書店は本を出版社に返品する時、仕入れ値と同じ価格で引き取ってもらうことが出来る。
今回新しく導入が検討されている制度は、「責任販売制」と呼ばれる。
定価に占める書店の取り分を現行の22~23%から35%に上げる代わりに、返品する際の負担を書店に求める制度だ。

この制度が導入されると、各書店は気軽に返品できなくなるため、出版社から「売れる本」を吟味して取り寄せる傾向が出てくるだろう。
しかし、心配なのは、「本が売れなくて返品する時に損をする」リスクを考えるあまり、需要の少ないと考えられる本が書店から姿を消すのではないか、ということだ。

たくさんの人が興味を持っているベストセラーや様々な賞の受賞作。
流行を反映した書籍は売り上げが見込め、返品のリスクが少ないといえるだろう。
このような本を重視する傾向の書店が増え、書店に並ぶ本の「画一化」が起こるのではないかと思う。

書店に並ぶ本を眺めるのは、楽しい。
本の題名や装丁、帯の宣伝文句などの「総合的判断」で何気なく手に取った本を衝動買いすることもまれではない。
そういう経験は、「今まで自分が思いもよらなかった世界」を広げてくれる可能性を持っている。
Amazonは、今まで買った商品や、購入した商品と合わせて多くの人が買っている商品をオススメする(recommendation)サービスを行ったことが成功の一つの要因である。
GoogleのAdSenseと同様に、インターネット上に打ち込まれた制限された情報を根拠にPRを行なうので、無差別に送られてくるダイレクトメールよりも「効率」が良い。

しかし、ある本を読んで、次の本を他のたくさんの人が読んでいるからという理由で決めるのは、ある意味において、無限にある組み合わせを大多数の意見によって制限することにもなりはしないだろうか。

内田樹は、教育の持つ意義について、「入試部長の独り言」の「ぼぉっと」過ごせる時間の中でこう語っている。

いちばんつまらない学生生活というのは、「入学時に立てた『学習計画』に基づいて、予定通り単位を取り、資格を取り、免状を取り、検定のスコアを上げて、さくさく卒業する」というものだと僕は思います。
それだとコンビニで買い物するのと一緒じゃないですか。
買い物かごに「欲しいもの」を放り込んで、レジで精算して、店を出る。
たしかに店に入る前に「持っていなかったもの」を、代償を払って所有することはできました。
でも、人間はまったく変わっていないでしょう。
品物が増えただけで、人間は変わらない。
そうですよね。
「買い物」とはそういうものです。
(中略)
いや、別にそれが悪いと言っているのではないのです。
経済活動なら、それでいいんです(欲望の発生と商品の獲得の時間差を「ゼロ」にすることがすべての経済活動の目標なんですから)。
でも、教育は「買い物」ではありません。
教育がめざすのは「買い物かごに入っている品物を増やすこと」ではなくて、「買い物客自身が、店に入る前と出たときでは別人になっていること」です。
店に入る前には「あれが欲しい」と切望していたものが、お店であれこれ見ているうちに「別に要らないや」ということになって、それとはぜんぜん違うものが欲しくなったり、あるいは、あれこれ見ているうちに、「あ、いけね。こんなところでこんなことしている場合じゃないんだ」と店から走り出たり。
教育とは「そういうこと」です。
学校教育の目標は一つだけです。
それは「成熟すること」です。
もし学校に入ったけれど、入学前と卒業時で、考えていることも感じていることも、価値判断も美意識も、まったく変化していない人がいたら、その人は残念ながら、「教育を受け損なった」ということになります。
そんなつまらない学生生活を送ってはいけません。


つまり教育の一つの目的は、
「自分が想像もしていなかったものに出会う」
ということではないかと思う。

そしてその要素こそが、インターネットにいまだ不十分な点であり、新聞、テレビや書店といった既存のメディアを基礎にしたものの「これから押し出していくべき強み」になるのではないかと思っている。

このような時勢の中で、今回の「販売責任制」がその「強み」を発揮する障害にならないことを祈りたい。
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by ton2_net | 2009-06-22 09:45 | ニュース | Trackback | Comments(4)

石岡記録会

日曜日は石岡の記録会へ。5000㍍に出場。18分10秒。
予想が1730~1815だったので、予想の圏内ではあるが、練習で1817で走ってるからねぇ。
色々と反省が見えてくる。思うように行かないときばかりだけど、走ることで学ぶことは多い。秋には、高校の自己ベスト1652をなんとかして超えたい。あと一分と二十秒だけである。

飲み会へ。
個人的にはドットケンコールができたので満足。しもりーながO村の車で護送されていった。

帰りはkぼたの自転車に乗せてもらって。家の前で色々話した。

家にネットがないとblogが携帯でしか書けないのが不便だ。
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by ton2_net | 2009-06-16 21:58 | 陸上 | Trackback | Comments(0)

小説の読み方についての僕の考え方

○山くんに借りて、村上春樹の「1Q84」を読んでいる。今朝、上巻を読み終えた。
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上巻まで読み終えて、いい小説だな、と思う。
小説を読むって、そういえば楽しいことだったな、ということを思い出させてくれる小説だと思う。
各章がわりと短いので、寝る前にちょっとずつ読む、のに適している。

おすすめなのは、毎日ちょっとずつでもいいから、間を空けないで読むことである。
この小説には二人の登場人物が登場し、各章ごとに二人の物語が入れ替わって語られる。
一見なんの関係も無いように見える二つの物語が徐々にリンクし、交錯し始める。
読者は、読み進めるうちにその関係性を希求するようになる。
村上春樹の小説が素晴らしいと思うのは、この”加速度”である。
最初は緩やかに、そして物語は加速度的に進み始め、無関係に見えた点と点が、線でつながり始める。
それは始まったが最後、点と点との間で進むラインの応酬は、読者の意識を離れて、勝手に進んで行ってしまうような、一種「危なっかしい」感覚を味わうことが出来る。
それが、「小説の世界にどっぷり浸る」ということだろう。

「村上春樹(の小説)はよく分からん。」
という方もおられるが、
むしろ僕はその「よく分からん」所が素晴らしいのではないかと思う。
「よく分からん」所は、自分で作ってしまうことができるからである。
小説はそのままでは不完全である。
それを手に取って誰かが読むことで、小説は、小説であり得るのではないだろうか。

「小説」は、「説明文」とは違う。
説明文は、ことばを使ってことばで説明できる何かを説明することだが、「小説」は、ことばというツールを使って読者の創造性に訴えかけることによって、ことばで説明できない何か、を読者に伝えようとする「試み」である。

だから、物語は読む人によって違っていいのである。

たとえばセンター試験の小説の問題の選択肢では、
「選択肢の中から、もっとも適切(だと思われるよう)なものを選べ」
というような語尾になっている。
これは、問題文から得られるある限定された情報をもとに考えて、大多数の人が選ぶであろうものを選べ、ということである。
つまり、
「どれをとってもあなたの感想とは違うかもしれないけど、これを読んで、こう読めなくもない、と一番思えるものを選んでください」
ということである。
「国語って正解が無いはずなのに、答えを一つ選ぶなんて間違っている。
だから国語は嫌いだ。」
という意見を何度か耳にしたことがあるのだが、考え方としては、
僕はこれは正しいと思う。
読む人の数だけ、答えがある。
そういう大切なことが分かっているのに、国語や、本を読むことを嫌いになることは、本当にもったいないことであると僕は思う。

正解を一つ選択させられる、ということは、
出題者側が回答者の理解を問うための、「苦肉の策」なのである。

しかし大学生になった今、(二つ目の大学に行く気がなければ)
もうセンター試験国語を受ける必要は無い。
いちいち解釈をおしつけてくる国語の先生もいない。
(おそらく国語の先生は「こういう読み方もある」ということを示してくれているのだが。)
ぶっとんだ読み方をしても、誰にも文句を言われることはない。

そこにはあなた個人の全く私的な感情を入れて物語を構成してもよいのである。

そして、あなたの中で全く個人的な物語を構成することで、
いわば「作りかけ」の作品は、あなたの中で完成するのである。

小説の嫌いな人は、
「読解力のある人がたどりつくであろう正解の解釈」を求めて、小説を読むから、疲れるのである。

小説を読む、という行為は、非常に自分勝手で私的な営みである。
傲慢な行為であると言ってもよい。
だがそれ故に、小説を読む、という行為は手軽で、そして何にも増してクリエイティブな行為であり得るのではないだろうか。
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by ton2_net | 2009-06-13 13:14 | "言葉” | Trackback | Comments(0)

四季の巡るが如し

ゼミの打ち合わせがあって、競技場に行ったのは21:00。
しかも、ぱらぱら落ちる、雨よ。
誰もいないと思ったら、にっしーがいた。
にっしーは春から足を傷めているのである。
最近僕は、珍しくひざが痛いので、ジョグくらいしかできない。
しかし、にっしーは春から足を傷めているけれども、
その時できることをきちんとやっているような気がして、
なんとなく、偉いな、と思った。

「天地自然に四季のあるように、人間の鍛錬もまた四季の巡るが如し。」
冷たく辛い冬の後には、春がやってくるよ・・・みたいなね。ねっ。

石岡まであと一週間で、もうどうしようか、って感じだけど、
目標を持ってやって、秋にいい記録が出せる通過点にできるように、がんばります。
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by ton2_net | 2009-06-06 17:16 | 陸上 | Trackback | Comments(0)

この6日間

濃密な6日間。
金曜日の練習後に理研へ。
卒研を行なった測定室で、固体水素ターゲットの実験。
この測定室で実験を行なうのは3回目なので、少しずつ勝手が分かってきた。
去年1年間は無駄ではなかったな、と実感できた実験だった。
しかし同時に、M2やドクターやスタッフの人々のすごさを痛感した。

土、日と朝9:00から夜21:00までシフトに入り、日曜の夜に筑波へ。
月曜日からKEK(高エネルギー加速器センター)で夏期実習へ参加。
「ビームモニターの基礎」という選択実習へ。
各テーマごとに生徒は2~4人くらいで、先生も2~4人くらい着いていただけるので、こまめな指導が受けられた。
火曜日は9:00~18:00まで実習。その後あーだこーだ言いながらまとめとスライド作りをしていたら、いつの間にか12:00を回っていた。久しぶりに「物理を勉強したな!」という感じを受けることができた。そして、いい友達が出来た。首都大は、すごいやつ揃えてる。


今回の理研の実験には、スウェーデン出身の研究員の方もいて、(拙い)英語で議論をしたりした。「こうこう、こういう理由で僕はこう思うんだが、君はどう思う?」という発言を、どんどんする。理解しようとすること、そして議論を積極的にすることで理解をお互いに深めようとする姿勢を、見習おうと思った。

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by ton2_net | 2009-06-03 16:29 | 物理学 | Trackback | Comments(0)

Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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