発明王のトーマス・アルバ・エジソンは、子どもの頃から本が好きで、
図書館にある本をAから順に全部読もうとしたそうだ。
しかし、無理だと気付いて、次第に自分の興味ある本だけを読むことにした。
今世界に存在する本すべてを読むことは
人間の一生で与えられた時間では無理だろう。
表紙さえ見ない本も何億冊とあるのだろう。
世の中に自分の試すことの出来ない可能性は無限にある。
だから、自分が今の時点でbestだと思うものも、
それがbetterで、もしかしたら他のところにbestがあるかもしれない、
という仮説を否定することは出来ない。
「~は存在しない」という仮定は証明するのはとても難しくて、
「~は存在する」というものが一つでもその対象となるものをみつければ良いのに対し、
すべての可能性を試した上でそれは無い、ということを示さなくてはならない。
水木しげるを題材にしたドラマで、
少年時代の水木しげるに対してある妖怪がこういうことを言うシーンがある。
「
妖怪の世界には可能と不可能という2種類しかないが、
人間の世界には”可能性”というものがあるからややこしい」
過去を振り返れば、あるいは”今”この瞬間には、
”存在する”、”存在しない”と言うことができるものが存在する。
だが、未来のことを考えたときには、
「あるともいえないしないとも言えない」というものがほとんどだ。
これが”可能性”なのだと思う。
「有るともいえないし、無いとも言えない」は、
「有るとも言えるし、無いとも言える」と言い換えることもできる。
何を信じるかはその人次第なのだと思う。
何を自分の”公理”にするか。
それはとても大事なことで、その公理が、
可能性を信じることを許すものかどうかで毎日の生活は変わってくるのではないだろうか。
台風が過ぎて、とても気持ちのいい風が吹いていた。
可能性を信じて”今”に没頭することが、正解のように思う。