優れた”ルール”としての”夢”

ある後輩が、
「博士課程に行かないという選択は、妥協だと思うんです…」と話していた。
多分、大学で物理を学び始めてからずっと、
「博士課程に行って」、「研究者になる」ことを夢見てきたのではないかな、と思う。

それは、とても素晴らしい選択肢だと思う。
けれど、同時に、とても素晴らしい選択肢の中の「一つにすぎない」とも思う。

きっと、「博士課程に進む」という希望の裏には、
「博士課程に行ってやりたいこと」、
「博士課程に行くことでなりたい自分」が有るのだと思う。
まず、それは何だったのかを再確認することから始めて欲しい。

そして、次にそれは、
「他の場所ではできないことなのか」
「他の場所ではなれない自分なのか」
ということを一度考えることを提案したい。


これは個人的な所見だけれど、「夢」は、人を「限定」する物では無いと思う。
逆に、人をもっと広く、豊かに、自由にする物だと信じたい。

そうだとすれば、「夢」は、ある一つの「ルート」
(例えば「博士課程に進む」とか「マスコミ業界に入る」とか)
ではあり得ないのではないだろうか。

遠くに「夢」があって、それを実現する手だては、いくつも有るのだと思う。
それをある瞬間に、選択でき得る限りの最高の道を選ぼうとする”試み”が、
「進路選択」であり、「就職活動」なのではないかな。

”それは「目的」か?「方法」ではないのか?”
これが、tomoさんやαの入住さんに頂いた就職活動においての
”自分にとってのクリティカルな問い”だったと、今になって思う。


さて、「夢は自由になるためのもの」だと書いた。
「自由」とはどういう状態を指すのだろうか。
「ルール」や「方向性」が無い方が「自由」に近づけるのだろうか。

音楽については詳しくないが、ただ乱雑に音を並べたものは、
なんとなく、「自由な音楽」と言うよりは混沌に満ちた、雑音に近い気がする。
コードとか、調とか、対位法とか、ある程度「ルール」はあるんだけど、
そこに、作曲家が選ぶことの出来る自由度はある。

そういう中で、聞いている人が「良い」と感じられる、
作った人が込めた思いが感じられる「音楽が、音楽でいられる」状態になれるのだと思う。


人生において、「夢」とは、ある”優れたルール”のようなものなのではないか。
優れたルールの中で、プレイヤーは自由に輝いて、フィールドを駆け巡り、
音楽を奏でて、自分自身を表現することができる。


もし、様々な道を考えて、結局元から夢見ていた道を選んだとしても、
他の道を見た経験は決して無駄にはならないと思う。

それは、「盲目的に」進路を選ぶのではなく、
「積極的に」その進路を選ぶための、
ある意味で「覚悟を決める」ための、
一つの根拠になるのだと思う。

今の自分の「やってみたいこと」のために、どんな「ルート」があるのか。
それを、思いつくままに全部挙げて見るという作業はとても有意義だと思う。
それを全部チェックできないとしても、人と話しているうちに、
実は、こんな道もあるな、
あっ、あんなやり方もあったんだ、
という発見をして、”マップ”に新しく道を付け加えるという作業は、
なかなか悪くない体験だった。


最近、坂本 龍一の「音楽は自由にする」という本を読んだ。
坂本 龍一へのインタビューをまとめた形式の自伝で、とても面白かった。
一節を紹介します。

そのコンサートには、たしかにすごい衝撃を受けたんですよ。
僕の中に、何かが深く突き刺さってしまった。

その時演奏されたのは、たとえば高橋 悠治さんがピアノの中に野球のボールを
ぽんと投げ入れ、するとボールがぽんぽんと転がり音がするというもの。
それから、目覚まし時計をピアノの中に入れて鳴らしたり。

僕はまだ10歳かそこらで、それまでバッハとか、モーツァルトしか
聴いていなかったわけですから、とにかくびっくりしました。

「これ、音楽なの?」
「へぇ、こんなんでもいいんだ!」と思った。
(「音楽は自由にする」/坂本 龍一(新潮社)p.70)


”型”の無い”型破り”は「むちゃくちゃ」なのだ、ということを、
僕は高校の時、「送辞」を一緒に作ってくれた国語の先生に教わりました。
でも、「守」が出来たら、「破」を考えなきゃ先には進めないと思うし、
その先に「離」があるんだと思う。

型を覚えるのは、その先の自由のために必要なことだと思う。

「こんなんでいいんだ!」
「こんな方法もあるのか!」
と一つ思えたら、それだけでも就職活動をやる意味は有ると思う。


就職を志す方も、
進学を目指される方も、
どちらの道も選ばない方も、
皆さんのご健闘をお祈りします。
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by ton2_net | 2010-11-18 00:52 | 就職活動 | Trackback | Comments(8)
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Commented by Y菜 at 2010-11-18 02:04 x
自分自身の選択は、ton2さんがいうような
きっちりとしたものを見据えたわけではなかったけど
それでもあの就職活動で自分の進む道に「覚悟」が決まって、「やりたいこと」がたくさん見えたんだな、って読みながら思いました。

すごい。
私もton2さんみたいに、人の役に立つような言葉を発していきたい!

Commented by にっしー at 2010-11-18 03:17 x
自分の考えなんですが…
「一番見えてるルート」っていつもある気がするんです。
でも、それを疑わないと気が済まない。
様々な選択肢を並べてみて、そこから最善を選び出す。

「○○になりたい!」と言い続けて実現するのって素晴らしいし憧れますけど、ちょっと勿体ない気もするんです。

この記事読んだら、ちょっと自信になりました。
Commented by keno at 2010-11-18 03:36 x
その後輩のことはよくわかりませんが、「博士課程に行かないという選択は、妥協だと思うんです…」ということは、その人は現状の自分に与えられた選択肢を踏まえたうえで進学しないという選択が自分の夢に近づくルートとしてふさわしいということに気付いているんだと思いますが、どうでしょうか。その後輩は本当に進学するつもりなのでしょうか。

ちなみに、私の周りの後期課程に進学した人は、ほとんど進学しようか迷った人はいない気がします。修士課程に入った時からしんがくするつもりだったと思います。私も大学に入った時から後期まで進学するつもりでいて、たまに「本当にいいのか?」って思うことはあったけど、ほぼ迷いはありませんでした。
私の専攻の同期の人達は例年よりも人数が多いですが、博士とるのにどうこうという発想はなく、その後の事を見据えているように思います。そして、そのために必要な道(例えば実験して論文書くとか)というのは博士課程修了の要件よりもずいぶん厳しい道であるはずです。

で、別に博士の学位を得たとしても、何かいいことがあるというわけでもないしね。
Commented by keno at 2010-11-18 03:36 x
長すぎて、文章を減らせということなので減らします。


私の結論としは人の役に立つことははton2に任せ、私は至高のゴールとして定めた高田純次を目指して、適当に生きて、適当な言葉を発信していきます。
がんばるよ。
Commented by ton2_net at 2010-11-18 05:38
>ゆうな
とても良い指摘をありがとう!
「夢」と一言で言ったけど、それはそんなに明確なものでも、言葉なんかで洗わせる物でもなく、「なんとなく、自分が良いと思ったもの」でしかないはずで、今回の主題に相対するそのニュアンスがうまく表現できませんでした。
なんとなくの「目標」があって、行動して、また「目標」が流転していく、というゆうなのモデルの方が、的を射ていると思う。
読んでいて、ようやく整理できてきました。
ありがとう。
Commented by ton2_net at 2010-11-18 05:42
>にっしー
にっしーも、ゆうなと同じ種類の意見を、違う角度から指摘してくれているね。
「初志貫徹」は、世間では「良いもの」として扱われているけれども、それは「他の道に対して目を閉ざしているかもしれない」と言う意味で”もったいない”と言ってくれているんだね。
「目標に対する様々なルートを、網羅的に探してみる」という今回の主題をとてもわかりやすく言い換えてもらっています。ありがとう。
にっしーもゆうなも確実に自信もって大丈夫だと、僕は思ってます。
Commented by ton2_net at 2010-11-18 05:50
>まっきーさん
二人とは違う視点でコメントしていただきました。
その通りで、とても鋭い視点だと思います。
僕も同意見です。
しかし、彼は心の中では「進学以外のルート」を求めているのに、「博士過程」に進むことに固執してしまっている、という印象を受けました。
それこそが、このブログを書き始めたモチベーションであり、この文の確信です。
自分の声に耳を塞いで選択肢を減らすのは、もったいない、と思います。

なるほど、後期に進む人は、そういう人が多いと思います。なぜなら、「博士過程に行く有用性」は、はっきりと明確に数値や言葉に置き換えることはできないと思うからです。
博士過程に進む根拠は、ほとんどの人が曖昧になってしまわざるを得ないと思っています。

でも、それは決して悪いことではなく、問題は「自分で納得できるかどうか」だと思います。
彼は、「進学する」と口では良いながら、心の奥ではそうは思っていないような印象を受けたので、こういう文章を書いてみました。
「恐れながら、一度、外も見てみて決めたらいいんじゃないの」、と。

「つくばの高田 純司」としての存在、期待しています!
Commented by ton2_net at 2010-11-18 06:10
みなさん、コメントありがとうございます!
とても勉強になります。

夢とか、目標とか、そういうものを持って”努力すること”が
”良いこと”だという世間一般の風潮がある気がしますが、
では、夢とか、目標とは一体何なのか?
ということを考えだすと、すぐに行き詰まってしまいます。

自分なりに、そういうことを整理したい気持ちで書きました。
「私はそうは思わない」などのご意見も非常にためになりますので、
もしお時間有る方は、どんなコメントでも歓迎致しますので、
コメントしてくださると嬉しいです。
あ、でももちろん、SPAMは別よ。
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Ooishiです。もはや社会人です。このブログ記事は、私個人にのみ帰属するものです。なぁんちゃって。
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